子どもの発想を豊かにする「創造力」は、「わかる」ことから生まれる
「ソウゾウリョク」と言った場合、「創造力」と「想像力」という二つの漢字が当てられます。
この二つは、「新しいものをつくり出す力」と「そこにはないものを思い浮かべる力」ですから、意味は違いますが、根っこのところで深く結びついていることはまちがいありません。
ですから、「創造力」のベースには「想像力」が不可欠だ、という言い方もできます。
「創造」というと、どうしても音楽や絵画、小説などの芸術分野や発明といったものを思い浮かべてしまいますが、べつにそういうものにかぎったものではありません。
新しい料理を考えたり、部屋の飾りつけを考えたり、部屋の飾りつけを考えたりという、日常生活を豊かで楽しいものにしてくれるさまざまな工夫や発想は、すべて「創造力」の賜物です。
大人は、あまりにいろなことを知りすぎているために、かえって自由な発想が妨げられるということがあります。
その点、子どもは知識が少ない分、大人をあっと驚かせるような奇抜な発想をします。
子どもの絵や詩などには、そうした発想が溢れていて思わずうなってしまう、という経験をよくしますが、べつに絵や詩をかかせるまでもなく、ふだん話している言葉の中にも、子どもならではの発想はポンポン飛び出します。
こうした発想を生み出すのは、子どもの「創造力」です。
では、子どもの「創造力」を伸ばすには、どうしたらいいのでしょうか。
さきほども述べたとおり、「創造力」というのは芸術分野にかぎられるものではありません。
ですから、創造力を伸ばすといっても、べつに絵や音楽を習わせなければならないわけではないのです。
ふだんの勉強の中でも、発想のもとになる創造力は、十分伸ばしていくことができます。
ただし創造力は、「できる」ことからは生まれません。
たとえば、繰り上がりのしくみを覚え、繰り上がりのたし算を何度も練習しても、ここには何の工夫も必要ありません。
練習を重ねて正確に計算が「できる」ようになっても、それだけでは、創造力が伸びる余地は、まったくないのです。
ところが、「わかる」となるとそうはいきません。
繰り上がりのしくみ一つをとってみても、なぜそうなるのかを理解することは、けっしてやさしくありません。
学校の先生はそれを理解させるために、あれこれ手をつくして説明するわけですが、それに乏しい知識をもって立ち向かう子どもたちはたいへんです。
子どもにとって、知識や経験の乏しさを補うものは想像力しかありませんから、頭の中では想像力を駆使してあれこれ工夫し、理解しょうとつとめるでしょう。
その過程で、「想像力」はより豊かになります。
それが「創造力」につながることは、最初に述べたとおりです。
自分の頭であれこれ工夫した結果、「そうか、わかった」という経験をした子どもは、無意識のうちに想像力のたいせつさも実感することになります。
そして、いろいろなものに対して、自分なりの工夫をしてみようという意欲ももつでしょう。
反対に、途中であきらめてしまった子どもは、あれこれ自分で考えるより、結論だけを覚えていったほうが楽だ、というふうに考えてしまう恐れがあります。
そういう子どもにとっては、想像力も無用の長物でしかありません。
自分では何も考えずに、誰かにやり方を教えてもらうことばかり考える「要領だけはいい子」に育ってしまうかもしれません。
お気に入りのブックマーク・RSSに登録 »
関連記事
サイトマップカテゴリー:子供がつぶれない為の勉強法、学習法
トラックバック(0)
http://yg-away.biz/mt/mt-tb.cgi/1863

