子どもに勉強を動機づけるにはどうしたらいいか
勉強する意欲の乏しい「受け身的な子ども」が多いのぼなぜか?
どのようにすれば、子どもが家庭学習をやる気になるかを、考えてみたいと思います。
テストで100点をとってきたとき「よくできたね」とはめるだけでは、勉強はそこで終わってしまうのではないでしょうか。
よい点をとるために勉強するのだと、勉強の目的がすりかえられてしまうからです。
テストのために勉強するのではなく、「わかる」とおもしろいから勉強する、というようにもっていくのがたいせつだと考えています。
それでは、勉強のおもしろさをわからせ、家庭学習を上手にさせるにはどうしたらいいかというと、動機づけや、やる気をどう起こさせるかという問題になると思います。
勉強の動機づけとして、算数のテストで100点をとってきたから今月のお小遣いを100円アップするとか、成績が上がったら自転車を買ってあげるなどといった、ものを与えるということが一つとしてあげられます。
たしかにそれも一つの動機づけですが、それを続けていくと、三年生になったらこれをあげる、四年生になったらあれを、中学受験で合格したらラジカセ、高校受験ではバイク、大学受験では車、では大学卒業したら何もあげるものがない、と同時に勉強もしなくなってしまうというようになると思います。
ものを与えだすと一種の中毒のようになって、与え続けないと勉強しなくなり、家庭学習においても、何かをもらわなくては勉強しないというようになってしまう気がするのです。
実際に塾の子どもたちに作文を書かせますと、ものを与えて勉強させる親が多いのがわかります。
しかし、そういう子を見ていて共通しているのは、勉強がおもしろいとか、楽しいという雰囲気がないことです。
「これは受験のためにやるんだ」という感じで、ひじょうにさめたところがあります。
積極的に勉強に向かうのではなく、合格するためにやる、親や学校の先生に言われたから、しかたなくやるといった受け身的な子どもが多いのです。
私はそうした経験から、「もの」で勉強させるのには限界があるのではないかと感じています。
そして、勉強の動機づけとしていちばんだいじなのは、「ああ、こういうことなのか。わかった」という喜びや楽しさだと思っています。
勉強の動機づけは子どもの発達階段によって違う
まず前提として、子どもの発達段階(子どもの学年)を考慮する必要があるということです。
すべての年齢、学年の子どもに同じ話を当てはめるわけにはいきません。
私は仕事柄、不適応を起こした子どもたちとよく話します。
その子たちを見ていると、学年によって不適応を起こしたきっかけがまったく違うことがわかります。
ですから、学年差(発達差)は重要なポイントだと言えるでしょう。
やる気の問題にしても、それを考慮する必要があります。
まず、小学校だと低学年と高学年で対応が違います。
中学校では初期(中一の二学期、中間試験まで)とそれ以降とに大きく分けて、学校の学習内容も家庭学習のねらいも違ってきます。
小学校一、二年生では、学習するうえで教材の中身にはあまり重きをおかなくてもよいのかもしれません。
むしろ学習する態度、姿勢、あるいは条件づくりの段階だと言えます。
小学三、四年生になると教科書は急に難しくなり、高学年になるとまた難しくなりますが、その段階になって、中身の理解、学習材料の理解へとはいっていきます。
さらに中学校では、カリキュラムががらっと変わります。
算数が数学に、社会や理科が分割されて、英語が新しくはいり、指導の仕方もクラス担任制から教科担任制に変わります。
これらは子どもにとっては劇的な変化なのです。
また小学校のテストは、基本的に到達度評価の観点に立っていますが、中学校ではストレートに数字で評価されるようになります。
つまり、中学の前半は、子どもにとって新しい学習スタイル獲得の時期だと言えます。
中学の後半になってようやく、中学で学ぶべき学習内容に取り組む時期になります。
また、中三の一学期には進路指導(進学指導)も具体的になり、進路を見極めて学習するということが加わります。
このように、学年によって学習目標が質的に異なります。
それを踏まえたうえで、ものでやる気を起こさせるか、わかることでそれを引き出すかという問題を考える必要があるでしょう。
小学校低学年までは生活習慣を身につける段階
小学校低学年までは、学校や家庭での生活習慣、学習習慣を身につける時期です。
お母さん方の中には、子どもが低学年のうちから猛勉強させようとする人もいますが、その時期は勉強でなくてもいいですから、机に向かう習慣がつけばいいのです。
低学年のうちに、何かするときには机に向かうという習慣づけができていれば、つぎには算数の教科書を机の上で開くようになります。
いきなり、机の前で教科書を開かせてじっとしていろと言っても、子どもには苦痛でしかありません。
ドリルや参考書でなくても、図鑑や学習漫画でもいいわけですね。
学校から帰ってすぐにファミコンをすることに比べたら、毎日30分でも図鑑や学習漫画を見れば、あとでわかる喜びをつかむきっかけを獲得する確率は高いといえます。
たとえば、小学校高学年の国語の授業で、おとなから見れば常識と言えることがらを知らないお子さんがけっこういます。
ドリルや問題集をいくらやっても、物語の背景を思い浮かべることはなかなか難しいものです。
ある教科書に、『ごんぎつね』という物語が出てきます。
江戸時代のお話で、かなり牧歌的なところがあるお話です。
その中で、主人公がウナギを獲ってびくに入れるのですが、「びく」を知らない子がかなりいるのです。
ところが、豆博士というか、きまりきった勉強はしないけれど、いろいろなことをよく知ってる子がいて、そういう子に絵を猫かせると、さらさらと描くことができます。
また、話の中に「小川が流れています」という文章があると、いまの子は両岸がコンクリートで固めてある川を思い浮かべてしまいます。
いっぽう、ハイキングなどで実際に見たことのある子は、まわりが土と岩のほんとうの小川を思い浮かべて、ああいうところでウナギを獲るんだなとわかるのです。
ですから、小学校高学年の勉強をほんとうにわかるようになるためには、そのまえに、とくに低学年のうちにやらなくてはいけないこと、体験させておきたいことがいっぱいあるのだと思います。
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