子供への接し方と勉強・学力の関係
中学、高校、大学受験という大事業にとり組むとなると、家族の老たちは、どうしても重苦しい気分になるし、ピリピリと神経質な気分になってくる。
状況を考えれば、それも、やむをえないことではある。
しかし、こうした雰囲気というものは、まことに不思議なことに、中学入試終了後も、程度の差はあれ、存続し、家庭内の雰囲気の基調をなすものである。
それは、結局、大学受験が終了するまでつづくのである。
たとえてみれば、中学入試のための「戦時体制」が、終戦後も維持され、大学入試という最終戦争に決着がつくまで、その体制はくずれないということなのである。
その「戦時体制」下において、子供は、さまざまな「プレッシャー」を受けることになる。通算すると、8〜9年ということになろうか?
これだけ長い間にわたる「プレッシャー」によって、子供は、いったいどんな影響を受けるだろうか?
あなたの子供は、すでに「戦時体制」下にいるのだろうか? それとも、これから入ってゆくのだろうか? いずれにしても、たいへんな「プレッシャー」に耐えなければいけない。
それは、言うまでもなく、家族からのものである。
代表的なものをあげよう。
(1)家族みんなが、入試に向けて頑張っているんだから、当事者のお前は、目いっぱい頑張れ! 恩着せがましい「国家総動員体制」。
(2)常にベストを要求し、子供の達成水準を、目標と現実の禾離という形ではかろうとする、「減点法」による評価。
(3)生活の隅々まで立ち入り、管理する。ちょっと息抜きでもしようものなら、「そんなことで、××中学に受かるとでも思っているのか!」などと言う。
(4)競争相手を蹴落とすことにのみ、プラス評価を与え・その他の価値を認めない。価値観の一元化。
このようなプレッシャーを、入れかわり立ちかわり受けることによって、子供はしだいにネガホリック(自己否定中毒症)に陥ってゆく。
要するに、自分自身に対して、OKの出せない人間になってしまうのである。
(1)〜(4)のようなあり方は、教育熱心な家庭に顕著に見られる傾向であり、これが、名門と言われる一貫校の生徒たちの特有な雰囲気を醸成していくのである。
表面の伸びやかで、自信ありげな態度とは裏腹に、彼らの自己評価は低く、いつも人の目を気にして、失敗を恐れ、おどおどしている。
「常に完壁に見せなければいけない!」という強迫観念にさいなまれ、自分の本心を悟られまいと神経質になり、自分の心のまわりには、絶えずバリケードを築いているのである。
そして、このような人間が、異性とまともにつきあえずに、30代の半ばにもなって、処女や童貞でいたり、成田離婚したりするのである。
非常によく使われる例ではあるが、このネガホリックの人間は、コップに半分入った水を見て、半分しか入っていないと思う。
それに対して、健全な人間は、半分も入っていると思う。
ネガホリックは、いまや、教育熱心な家庭に猛威をふるっている。
こうなってしまう原因には、自分の両親や、学校の友人たちの両親が、概して社会的に一流であると同時に、友人にも優秀な者が多いということがある。
しかし、実を言えば、それは子供をネガホリックにする決定的要因ではない。
子供をとり巻く人間たちが、どんなに「りっぱ」であっても、そのことが直接の原因になって子供が萎縮し、つぶれてしまうなどということはありえない。
子供をスポイルしてしまう真の原因は、子供をとり巻く大人たち自身がネガホリックである場合が多いことにある。
最初にあげた(1)〜(4)は、実は、自己評価の低いネガホリック人間特有の態度なのである。
親が高い自己評価を持っていれば子供への接し方も健全なわけであり、問題はないのである。
しかし、親の自己評価が低い場合、そうした価値観は、当然、子供へも波及するので、子供のネガホリズム度は、高まらざるをえないのである。
(1)〜(4)の親の態度に、少しでも心当たりのある人は、赤信号である。
あなた自身がすでにネガホリックになっている可能性がある。
もし、あなたが、程度の問題はあれ、ネガホリックであるなら、なんらかの方法で、それを克服してゆくことが必要である。
それをしなければ、その影響は必ず子供へと及び、不幸な結果を招くことは目に見えているからである。
挫折したエリートたちの両親には、社会的地位も高く、裕福で、教養豊かな人が多かった。
しかし、彼らには、心の健康が欠けていたのである。
自分の子供を、大学入学までつづく長い受験戦争へと投じるのであれば、まず、両親が、心の「健康診断」を受けることがたいせつであろう。
最後に、「戦時体制」下で、子供をつぶさないためのポイントを幾つかあげておこう。
(1)親がこんなに苦労しているのにとか、こんなに心配しているのに、などという態度は見せない。
(2)子供の出した成果に対し、目標と現実の諦離ではかるという「減点法」ではなく、あくまで肯定的に、「加点法」で評価する。
子供が入れたコップ半分の水を見て、なあんだ半分か、などというのではなく、半分も入れたのかという姿勢をとる。
(3)生活の隅々まで管理して、すきを見つけてはしかりつけるのではなく、多少のむだはあっても、自主性を尊重し、
しかも、その責任は自分で負うということを姿勢として植えつける。
(4)競争相手を蹴落とすことのみを価値あることとして認めるのではなく、そういう価値観の存在を認める一方で、
人間関係の基本は、相手の得る効用と自分の得る効用の積を極大にするところにあるということを教える。
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