早期教育は子供の為になるのか?
親というものは、わが子に一日でも早く「できる」ようになってほしいと願うものです。
ことばが巧みになり、数がわかり、文字が読め、絵も音楽も運動も上手になってほしい。
大なり小なり、そんなことを望みます。
そんな親の気持ちにとって、子どもの能力はできるだけ早く教育するほど伸びる、という「早教育」の考え方が魅力のないはずはありません。
小学校以前の子に数や文字、さらには英語やコンピュータの使いかたまでを教えて
「知能を伸ばそう」とする幼児教育や通信教育が盛んなのには、このような背景があるからでしょう。
まるで、乗りおくれるととり残されてしまいそうな感じです。
でも、実際ははたしてどんなものでしょうか。
たしかに、子どもは驚くほど早くからいろいろなことを覚えてしまいます。
だからといって、こちらから積極的に教えたのでは、どうも変なことになりそうな気がしてなりません。
子どもがなにかを覚えていくのは、実生活の中で「もの」にとりつかれたあげく、ひとりでにか、だれかにたずねてのこと。
そういったものと、数や文字などがしっかりと結びついて記憶されているわけです。
なのに、一方的に教えこもうとすれば、数や文字などは抽象化されてしまって、もとの「もの」がもつ情感やひだのようなものはそぎ落とされてしまうでしょう。
もちろん抽象化された数や文字を教えるのがいけないことだとはいいませんが、
それらを操れるようになることだけを進歩とか発達としてプラスに評価するとなると、それはどうかと思うのです。
なにごとでも、なにかができるようになることは、一方で別のなにかをできなくしてゆくというジレンマをかかえているのでしょう。
知能にしても、自然や社会についてわかるように教育していけば、わからないときに感じていた世界の魅力は失われてしまいがちだし、
そのわかったことでひどく誤解させているといったことも実はあるかもしれないのです。
以前書いた、早期教育について、私が心配していることを書いていますので、参考にして下さい。
ゲゼルという学者が行った実験を紹介していまして、少し難しいお話になってしまいましたが、
子供の心や体の準備が出来ていない段階でいろいろ詰め込んでも子供は伸びていかないことを結論付けています。
しかも「早期教育」がめざすのはエリートの養成。
体験すべき「子供の時代」を体験せずして、早くから競争社会に飛び込むことになります。
ひとより抜きんでるための感覚や知能や体力を引きだそうとするものです。
「子どものために」という親の執着はいっけん献身的なようでいて、じつは、わが子を支配し、将来までも先取りしてしまう情念でありえます。
親としては、そのことがどれだけわが子に合うか、
「できる」ようになったとして人間形成になにをもたらすかについて、十分恐れをもっておかなければならないと思います。
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