ビジョンのない偏差値人間が待っているもの
最近の若い人に、「将来何をやりたいか?」「どんな人生を送りたいか?」と聞くと、決まって返ってくる答えが、
「何をやっていいかわからない」「考えたこともない」だ。
彼らにとって、人生とはいったい何なのだろうか?
そもそも、彼らの人生はいったい誰のために、何のために生きているのかわからないような彼らは、何ゆえに5年以上もかけて「受験戦争」を戦い抜くのだろうか?
本来人生の目的実現の手段であったはずの進学・就職が、その競争の激しさゆえに、いつしか自己目的化してしまったのだろうか?
それでも、彼らが将来、その努力にふさわしい幸福を獲得できるのなら良い。
しかし、現実には、「何をやっていいかわからない」若い人たちが、大学入学後や就職後、目的を喪失することによって、あるいは無気力化し、あるいは環境不適応を起こして挫折していっているのである。
これでは、小学生以来の努力も全くの徒労になってしまう。
ここでは、どんなに成績優秀で、名門中学・高校に入ったとしても、ビジョンもなく偏差値の追求に明け暮れた場合、将来いかに悲惨な形で、そのツケが回ってくるのかを示してみよう。
ただ勉強できるという理由だけで名門中学受験
G子さんは、いま入院中である。
東大を卒業後、あるメーカーに就職したものの、間もなく不適応を起こし、陰湿なセクハラに悩まされたことも影響して、体をこわし、入院したのである。
退職願もすでに提出ずみだという。
どうしてこういうことになってしまったのだろうか。
彼女は、小学生時代・勉強がとてもよくできたので、学校の担任のすすめもあり、某国立大学付属中学を受験する。
「君くらいの成績なら、この中学は受かるから、やってみないかって言われたんです。
それで、両親とも相談して、じゃあ、物は試しで、やってみよう、みたいな感じで受けることにしました。
でも・そのときは、両親にしても、私にしても、将来どうしようみたいなプランは何もなかったですね。
担任の先生にしても、成績がいいから受けさせるっていう感じでした」
G子さんは、6年生から都内の有名進学塾に通い・家庭教師はつけなかったが、おもしろいほど成績が伸びて、首尾よく・第1志望の国立大付属中に合格した。
もともと勉強の嫌いでないG子さんは、すっかり気分をよくして、中学入学後も、よく勉強した。
マンガも読まず、テレビも見ず、学校の成績を上げることにだけ専念した。
そのかいあってか、高校3年になったころには、学年でもトップクラスをキープできるようになった。
「その時期になっても、将来何をやろうという希望は、別にありませんでした。
成績のうえからは、文系でも理系でもだいじょうぶでした。
どこかの国立大学の医学部にでも入ろうかと思いました。
でも、まだ、そこまで自分の可能性を限定したくなかったし、せっかくいままで、トップクラスを走ってきたんだし、大学入試でも頂点をきわめたいなって思ったんです。
そうすると、やっぱり東大かなあという感じで……といっても、大学で何かを勉強したいという希望を持っているわけではなかったのでなんとなく、つぶしのききそうな文1にしようって……」
東大文1には、現役で合格した。
「東大といっても、ほんとうに優秀な学生はちょっとしかいないんです。
頭は悪いけど、小学校の3年生とか1年生のころから、さんざんお金をかけて、やっとはい上がってきたような人が多いんですよ。
女の子は運動神経の鈍い子ばっかりでしたし、男の子なんか人間的につまんない人ばっかりで、がっかりしました。
東大とかいばっていても、たいしたことないなって思いました」
G子さんは、一流志向の強い人である。
あらゆる面で、自分の上を行く人でなければ、人間としての存在価値を認めない。
そして、自分自身「一流の人」に認められるための努力は惜しまない。
そういう意味では、向上心の強い人である。
「恋愛ですか? 東大法学部の助手をやっているかたと、プラトニックなおつきあいをしました。
何でも相談できる、お兄さんのような人でしたね。
私にとって、よい思い出です」
東大法学部の助手と言えば、法学部生700名の中でも、成績上位10名程度しか選抜されないスーパー・エリートである。
さらに、その中から1〜2名が、29才前後で、法学部助教授に抜擢される。
一流好みのG子さんらしい人選である。
「でも、東大出身でないかたにお話しする場合には、言い方を変えるんです。
恋愛感情に学歴は関係ないから、親しくした人はN大学の人ですって言うようにしてるんですよ。
私って、相手に劣等感を与えやすいので、言い方にも気をつかうんです」
と言ってのける。
しかし、恋愛に学歴は関係ないからN大生とつきあうという言い方こそ、この上なく学歴主義的で、何よりもN大生をばかにした言い方ではないだろうか?
大学4年も夏になり、就職の季節がやってきた。
G子さんに特別やりたい仕事があったわけではない。
子供のころから周囲に吹き込まれてきた、「よい中学・よい高校・よい大学・よい会社」の最後の仕上げという感覚であった。
「日本の代表的な業種のそれぞれトップ企業を受けました」
学生の人気ランキング上位に椅羅星のごとく輝く企業ばかり4社受験した。
結果は全勝であった。
二流企業4社の中から好きな企業を自由に選択するというぜいたくをG子さんは楽しんだ。
翌年、彼女は、あるメーカーに就職した。才色兼備の彼女は、エリートとして、経営企画部門に配属された。しかし……
「パッとしない職場でした。
上にはこびへつらい、下にはいばり散らす小心な中年男の集まりなんです。
配属後、3日でいや気がさしました」
東大法学部に入ってさえ、程度の悪い人間の集まりだと感じるくらいのG子さんである。
メーカーの経営企画室の人間など、彼女のものさしではかれば・口をきくにも値しない「人間以下」の存在であった。
特に彼女のように、目的を持たずに会社に入ってしまうと、身の回りのマイナス要因にばかり目が行ってしまうのだろう。
しかし、もっと重大な問題があった。
つまり、大学までの生活を、人生における自己実現の手段とみなすことのできない人にとっては、いままで身につけてきたものを実社会で、いかに生かすかなどという発想を持てないということである。
そして、意識の切りかえもできないまま、いままで自分のいた「受験界」の一元的な偏差値至上主義を実社会にそのまま持ち込んでしまうということなのである。
「あの人の最終学歴は?」「東大での学部や成績は?」などということばかり気にかかってしまう。
心で思っていることは、どうしても態度に出てしまう。
G子さんの心に巣食う「軽蔑の念」は、しだいに職場の人たちに伝わっていったのだろう。
人間関係が、だんだん、ぎくしゃくしたものになっていった。
それでも、最初の数カ月は、エリートということで、職場の人たちも気をつかってくれて、仕事上のチャンスを与えてくれたのである。
しかし、周囲との溝は、決定的な段階にまで進んでいった。
「会社に行っても、やる仕事がないんです。
上司も同僚も私を無視して、かってにやっているので、しょうがないから、小説を読んで時間をつぶしたりしていました」
人間は無視されることがいちばんつらい。
ストレスがこうじ、G子さんは神経性胃炎になった。
夜になると胃ケイレンに襲われた。
職場で孤立しているとき、接近してくる人物がいた。
部長だった。
なにくれとなく親切にしてくれた。しかし……
「お前の歩き方は、まるでロボットみたいに無機的だな。
男を知らないんだろう? おれが女らしくしてやる。
今夜どうだ?」
G子さんのヒップにふれながら、不倫を迫ってきた。それも一度や二度ではなかった。
「無機的だとか言ったって、そんなことしたことないんだからしかたがないじゃないですか!
でも、だからといって、なんで、あんな男としなきゃいけないの?」
それまで冷静だった彼女もこのときばかりはほおを紅潮させ、こぶしをふるわせた。
「人事部長にも相談したんです。
でも、結局、あいつらは、同じ穴のムジナなんです。
あいつらは、腐った豚よ!」
すでに神経性胃炎を起こしていたG子さんの身体的症状は悪化し、胆嚢や脾臓にも異常が出始めた。
病気欠勤する日がしだいに多くなり、ついには出社不能になった。
こうして彼女は入院したのである。
「この先どうするつもりかって言われても……留学するか、どこかの大学の医学部に入り直すか、
それとも東大法学部に学士入学して司法試験を目ざすか……どうしたらいいんでしょう?
でも、ひょっとしたら、何もやりたいことなんかないのかもしれませんね」
11才で有名国立中学を目ざして以来、営々と積み重ねてきた努力の一つの結末がこれであった。
なるほど、常に現状に甘んじることなく上を目ざしつづけるというのは、りっはな姿勢である。
やろうと思っても、なかなかできることではない。
しかし、上を目ざすこと、それ自体を目的にしてしまったことはG子さんにとって大失敗であった。
学生時代の彼女のあらゆる努力は、あらかじめ設定された将来ビジョンの上に位置づけられて初めて生かされるものだったのである。
そうしたビジョンをけっして持つことのなかったG子さんにできたことと言えば、実社会で、もはや目ざす目標もないままに、職場の人間を受験界の「偏差値」で評価することだけだった。
やがて彼女は退院してゆくだろう。
しかし、いままでのような意識を持っている限り、何をやっても結果は同じだろう。
だからといって、いまから彼女の意識を変革することは、困難に違いない
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