いい親子関係をつくるための外から内への動機づけ
中学二、三年で親子関係がうまくいってない子どもの作文を読むと、よく「親は、顔を見れば勉強しろ、勉強しろと言うだけで、うるさい」と書いています。
そこで思うのは「勉強しろ」と言うだけでは、いい親子関係はつくれないのではないかということです。
子どもへの言葉のかけ方に気をつける
よく外からの動機づけとしての「もの」が、この場合は言葉になりますが、悪者扱いされるのは、その与え方に問題があるからだと思います。
ある学習を身につけさせるには、最初は連続して外からの注目が必要です。
そして、しだいにその頻度を少なくしていくのです。
たとえば一つの行動に対して、最初は「よくやったね」と連続してほめます。
それを10回繰り返して子どもが自分からすすんでやるようになったら、ほめることを三回に一度、五回に一度、十回に一度、やがて与えないというように、フェードアウト(fade-out)していくことがたいせつです。
こうした知識を親が知っておくといいと思います。
つまり、子どもが何か新しいことをしているときは、連続して注目するのです。
そして自分からするようになったら、注目回数を少なくしていくわけです。
注目することをずっと続けると中毒現象が起きるので、やめるタイミングが重要です。
外からの動機づけから内からの動機づけへと変えていく時点で、
「よくやったね」から「わかるとおもしろいね」「また新しいことができたの。楽しいね」というようにほめ方も変えていくと、子どもは徐々に「わかることはおもしろいんだ」という経験をしていくことになります。
そうした周りの注目の変化によって、自分からわかることの楽しさに気づいていきます。
そうすると、自分の興味や関心にしたがって、自発的にわからないことを調べようとする姿勢が出てきます。
発達段階でいうと、小学校の低学年から高学年になるころで、とてもたいせつな時期だと言えるでしょう。
その時期の親子の接し方、家庭学習の仕方は低学年と高学年では違ってくるということですね。
さきほど点数にこだわってほめる親の話が出ましたが、これは、子どもの中の「外から内へ」という動機づけの変化を考えると、ひじょうにへたなほめ方だといえます。
それよりも、わかろうとする姿勢や新しいことにチャレンジすること、自分で興味や関心をもって何かを調べようとしたことをほめるべきです。
私は父母に対して、テストの点数だけを問題にせず、かならず中身を見て、ほめたり励ましたりしてほしいと話しています。
たとえば難しい問題ができたら、「よくできたね。お母さん、これ難しいと思うよ」とひとこと言うのがだいじなのです。
言われた子どもは「そうか。ぼく、才能あるのかな」と、自信がつきます。
そういうほめ方をしてほしいと思います。
100点をとってきたら、内容も見ないで「あら、よかったじゃない」で終わらせてしまうお母さんは多いようです。
そして60点をとってきたら、「なによ。60点なんてとってきて」とつい言ってしまいます。
そこをぐっとがまんして、「あら、これは難しい問題なのに式はできてるじゃない。計算でまちがえたのね。今度は気をつけようね」というように、いいところを探してほめてほしいのです。
子どものできたところをきちんと評価してあげる
小学校四、五年生の子どもがいるお母さん方に、「ある日、子どもが学校から30点のテストを持って帰ってきました。そのとき何と言いますか?」と聞きますと、「なんでまちがえたの」「このあいだ習ったばかりでしょう」といった答えが8割でした。
つぎに「隣の家の同年齢の子が遊びに来て、同じように30点の答案を見せたら、何と声をかけるか」と質問すると、「よかったね」とほめはしないが、「ああそう、がんばったわね」と答えるというのです。
つまり、同じ点数でも、自分の子どものときはできなかった7割に注目し、隣の家の子どものときはできた3割に注目しているのです。
もしその日、テストでまちがったところを直してくる宿題が出ていたら、どちらの子がやる気を出せるでしょうか。
親から子へのかかわりの基本は、できたところを正当に評価することが出発点だと思います。
言葉かけも含めた外からの動機づけの経験をもたない子に、内からの動機づけが生まれることはありません。
できたところに注目することは、外と内からの動機づけを同時に行なうことになります。
さきほど家庭学習をしない中学生に「勉強をしなさい」という親の話がありましたが、それは、できないところに注目しているからだと言えるでしょう。
つまり、「どうして30点しかとれないの」と言うのと基本的に同じです。
子どもの否定的な面ばかりを見ているのです。
親から見れば、子どもの悪いところばかり目につき、ここを直してほしい、もっとこうしてほしいといったことが、いろいろあるのが当然です。
でも、よくないところを直していこうという発想でいくと、親も子もおたがいにイライラしますし、くたびれてしまいます。
たとえば、ファミコンばかりしてちっとも勉強しない子に、「ファミコンをやめて勉強しなさい」と何度も言うよりも、子どもが机に向かったとき、ひとことほめてあげることがだいじです。
そのほうが、お母さんも笑顔でいられます。
そうすれば、しぜんにファミコンをする時間が少なくなるかもしれませんね。
ファミコンをやめて子どもがしぶしぶ机に向かったときは、「がんばってるじゃない」と声をかけてあげることがたいせつなのに、「ファミコンをやめなさい」と言って、子どもがやめるのは当然だと、お母さんは子どもに声をかけるのを忘れてしまうのです。
否定的な言葉が多いと、やる気が失われるということです。
両親の基本的な教育方針を一致させておく
よくレストランなどで、親子連れを見かけるのですが、子どもはテーブルの上の調味料のぴんなどをさわろうとしますね。
そういうときに、ひとこと母親が言っただけで、すぐやめる子どももいれば、やさしく言っただけではやめずに、かなりきつく叱らないとやめない子どもと2通りあります。
今までのお話で分かると思うのですが、子どもが小さいころの親の接し方やしつけで、ずいぶん変わってくるのではないかということです。
これはあとの学習習慣にもつながってきますよね。
それはテストの点数のところでお話しした親の態度に通じると思います。
「これはだめ、あれはだめ」と、ふだん禁止する言葉ばかり言っている親が多いのではないでしょうか。
「だめ」と言うだけでは、こうしたらいいという情報がはいっていません。
「だめ」と言ってやめたときに、「おりこうだね」と声をかければ、子どもはこれを繰り返せばいいということを学習できるのです。
レストランの親子連れで気がついたことですが、お母さんのひとことでやめる子どものほうは、食事中もとてもいい雰囲気で、親子でよく会話をしているんです。
いっぽう、一回の注意でやめない子どものほうの親子は、食事中も雰囲気がとげとげしく、ほとんどしゃべらないんです。
話すとしても命令する言葉だけというような場合が多いような気がします。
そういったことが、親子関係や家庭学習などすべてにつながりを持っているのではないでしょうか。
場面は違っても、共通しているのは、できないところに注目するか、できるところに注目するかということではないかと思いますよ。
また、子どもにかかわっている周囲の大人の考え方を一致させておくことがたいせつです。
たとえば、両親の基本的な方針が一致していれば、役割分担した中でそれぞれの接し方が違っていても、話し合ってたがいに補い合うことで、問題は起きません。
そうした基本的考えの一致なしに、ばらばらに接すると、子どもはとまどってしまいます。
中学受験をする場合、子どもの父親と母親の考え方が一致していないと、子どもは勉強しません。
中学受験の場合、教科書のほかにその5倍ぐらいの勉強が必要だと言われていますが、そうした勉強についてこられる子の家庭では、例外なく両親の考え方が一致しています。
逆に、受験を目指しているにもかかわらずなかなか勉強しない子の場合、父母懇談会で話してみると、両親の考え方が一致してないことが多いようです。
お母さんは受験させたいのに父親が反対だとか、本人にぜんぜんその気がないなど、両親どうしや親子の考えの不一致がよく見られます。
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