子育てに疲れたと感じたら
育児の分担は半々に
赤ちゃんや幼い子をもつお母さんがいらいらやからだの不調をうったえるケースでは、
ちょっと家事の手をやすめ、子どもから離れればよくなると思うのに、なかなかそれができないというひとがたくさんいます。
夜は帰りがおそい夫につき合い、朝は明け方から目をさます子どもの面倒でくたくたになっているお母さんの悲鳴もよく聞きます。
こうした状態は、お母さん自身はもちろん、子どもにとってもよいことではありません。
私さえ我慢してがんばれば、といった気持ちで乗りきろうとするのには、どうも無理があるような気がします。
もともと子どもを育てるのはたいへんですし、少々のピンチや苦労は親をきたえてくれるでしょうが、
お母さんだけがそれを全部背負って「犠牲」になっているというのでは、どこかにその不満のはけぐちが出てくるにちがいないと思うのです。
やはり、育児には男性の協力が必要です。
それも、手伝いという程度ではなく、いっしょに育てるという気がまえでなければだめでしょう。
もちろん、仕事の事情は考慮されなければなりませんが…。
ぼくの知り合いの夫婦でも、
夜中に子どもに泣かれたときには交代で起きる、
奥さんが病気になったら夫が家と子どもの面倒をひきうける、
といったひとたちが増えてきました。
また、ピンチのときに手伝ってもらえる近所のひととか友だちをもっていることは、とても心づよいことです。
世間とのつき合いが疎遠になりがちな若いカップルは、そうしたつきあいを大切にし、自分たちにあったやりかたでつくっていったらどうでしょう。
それは、同時に、子どもの世界をひろげることにもつながるはずです。
ときには気晴らしも必要
どんなに子育てに自信のある人でも、ときには「もういや」「できない」といった気分に襲われ、「ダメな親」と自分を責めさいなむことがあるでしょう。
このような状態では、だれだっていらいらしたり、落ち込んだり、なにをするのもおっくうになったりしても不思議はないと思います。
よく、わけがわからず涙がこぼれることがあるといいますが、それもこうした辛さのなせるわざなのでしょう。
なのに、少しでも鬱うつとしていると、すぐに「育児ノイローゼ」とか「マタニティ・ブルー」といったレッテルがはられるのは心ないこと。
母親自身まで自嘲的にそのようにいわざるをえなくなるのは、いかにも残酷なことだと思います。
でも、それはだれにも大なり小なりあること。
あまり自分を責めすぎないようにするにかぎります。
むしろ、ダメと感じる親のほうが、それだけ育児に対する熱意が高い証拠なのですから、誇りをもっていいくらいなのです。
でも、たぶん落ち込んでいるときというのは、そうたやすく気分が晴れないのも事実。
そんなときはまず、どんなふうにダメなのか、感じているとおりをしゃべってしまうのがいちばんのようです。
ただし、相手はなるべくだまってこちらのいうことを聞いてくれるひとを選ぶこと。
忠告や激励するばかりのタイプは避けたほうが無難です。
また、わが子への否定的感情は、なにより吐き出してしまうにかぎります。
暗い顔を隠そうとせず、できないことは無理にやろうとしない。
愚痴をこぼしたって、当たり散らしたって、かまわないと思います。
それから、なにもかも忘れて眠るチャンスをひねり出すことや、気晴らしをすることも効果があります。
一日か半日でもいい、夫や実家や友人に子どもを預けて、ぐっすり眠るとか、美容院や映画にでかけたりすると、気がずいぶんと晴れるのではないでしょうか。
早い話が、母親ひとりで全責任を負わず、疲れたら夫をはじめ、祖父母、知人などに子どもを預けて休むことができれば、ずいぶんと楽になるはずです。
母親自身もまわりに気をつかわず、マイペースでやるのがよさそう。
親も子もひとりひとりちがうのですから、よその育児と比較するのはつまりません。
およそ子どもは、相当にでたらめをやっても、なんとか育つものなのです。
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