いま求められている父親像とは
私達は父親という言葉からどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
年配の大人達は「厳しい」「頑固」「近寄りがたい」「乗り越える壁」「規範」など、
表現は様々ですが、力を持った権威的な存在として、父親を受け入れるにしろ否定するにしろ、思い浮かべるのではないでしょうか。
しかし、最近の子ども達の父親のイメージは違うようです。
子どもと話しているとき、父親のイメージを聞く機会があります。
返ってくる答えは、「興味ない」「どうでもいい」「よくわかんない」など、
「父親が自分にあまり影響力のない、無関心などうでもよいものである」というイメージです。
M君、中学二年生。
父親は四六歳のサラリーマンです。母親は四六歳の専業主婦。
私立高校二年のお兄さんと、小学六年の弟の五人家族です。
M君は学校で何人かの仲間と一人の子どもをむかつくということでいじめました。
学校で強い指導を受け、自分からも希望してカウンセリングを受けました。
「親父? よくわかんないや。ほとんど顔を合わせたことないし。
俺に直接は何も言わないよ。
おふくろにごちゃごちゃ言っているみたいだけれど。
親父は仕事のことしか考えてないのではないか。
俺達としたって、まあ、給料さえ持ってきてくれたらいいし」。
カウンセリングをやっている友人から聞くと、M君は、父親なんかどうでもいいという素振りで話していたそうです。
M君にとっての父親は、かっての子ども達が感じていた、恐い、「厳父」のようなものから程遠いものになっていました。
もちろん父親にも言い分はあるでしょう。
「厳しいリストラのなかで、会社で一生懸命がんばっている。家にいるときぐらいのんびりと憩いたい。子育てや家のことまでやらなければならないなんて」と。
結局父親は家庭のなかでの尊敬を失い、また自らも影響力を維持することをやめ「厳父」から「ただの人」になっているのが現状ではないでしょうか。
しかし、正確には「ただの人」でなく、現代の父親は「ただの人以下」になっていないでしょうか。
「ただの人以下」の父親は、子どもの人格形成にどのような影響を与えるのでしよう。
父親が教育や子育てに参加しないことは、権威的な、ないしは権力的な親がかつて問題であったのと同じくらいに、子どもにマイナスの影響を与えているのではないでしょうか。
結論を先取りすれば、現代の父親の課題は家庭のなかに、かつてのような権力的な父親の権威を取り戻すことではないと思います。
かと言って子どもを甘やかし、影響力をほとんど持たない無関心な父撃あってもならないと思います。
第三の父親の姿、本当の意味での「ただの人」の父親とは何か、考えてみましょう。
権威ある父親像の失墜
父親には力があるもの、権威があるもの、支配するものというイメージがつきまとってきました。
またこれはかつての男性につけられていたイメージでもあったのです。
このようなイメージは農業や家内工業を中心とした共同体社会のなかで作られてきたものでもあったのです。
ドイツの精神分析学者であるミッチャーリッヒは、著書『父なき社会』のなかで、
子どもは父の働く姿を直接見ることから、自己形成や生きる知恵を学びとったと論じています。
このような父親像は、家父長制度が維持できた、わが国で言えば戦前までの社会で、その善悪は別にしてもそのなかで初めて可能であったものです。
戦後の工業化、都市化の急激な波は、この父親像を明らかに衰退させました。
私達の親の世代は、第二次世界大戦の敗北で、権力的な「父権」を放棄せざるをえなかったのです。
「父権」は戦後の民主的な価値観を受け入れるなかで、その権威を失っていったのです。
サラリーマン化した都市では、父親が働く姿を子どもに見せる機会はほとんどなくなりました。
家での父親はリーダーシップさえ放棄した、無力な姿をさらすことになったのです。
子どもにとって、父親のそのような姿から、威厳や規範を学ぶことは難しいのです。
かつての子ども達には乗り越えるべき壁としての父親が存在していました。
子ども達はこのような父親を意識的にも無意識的にも「規範」として一つの基準にしてきていたのです。
しかし現代の父親は、かつての権力的に子どもを支配する父親ではなくなりました。
子どもにとっては乗り越えるべき父親が不在になったのです。
戦前の強い「父権」主義から、その反動としてか、戦後の父親は、家庭の問題に父親みずからがリーダーシップを取ることが少なくなりました。
かつての「厳父」は、最近では「給料運搬人」とか「粗大ごみ」と揶揄されている始末です。
不登校児S君のことです。
中学一年のS君は四四歳になる父と三八歳の母の三人暮らしでした。
S君は二学期の初めから不登校を始めました。
母は強く登校を勧めましたが、S君は登校しなかったのです。
父は会社の仕事で一か月ほど外国に出張していました。
九月の終わりに父が帰ってきたときには、S君は完全な不登校になっていました。
母は父にS君の様子を話しました。
父は自分が学校に行くように言うから呼んできなさいと言いました。
学校に行かないことで、S君を強く叱りました。
明日から学校に行くという約束を、父はS君に強要しました。
S君はしぶしぶ承知しました。
父は母にS君が学校に行くと約束したことを伝え、しっかり子育てをしてくれなければ困ると不満を言いました。
次の日、父は朝早く会社に出勤しました。
しかしS君は父との約束に反して、登校時間になっても起きてきませんでした。
結局、その日も彼は学校へ行かなかったのです。
遅く帰ってきた父に、母はS君が登校しなかったことを伝えました。
これからどうしたらいいか相談しようとしました。
父は急に不機嫌になりました。
教育は母に任せてあるのだから、母がどうにかしてほしいと父は言いました。
家に帰ってきてまで家族のことで心配かけないでほしいと不満を言ったのです。
この父親は、どこにでもいるありふれた父親です。特別に家族に無関心というわけでもないのです。
子どもと接触することも少なく、また関心の大部分が仕事にあったのは事実ですが。
ある日、父親は急に子どもの問題に直面させられ狼狽したのでした。
自分が無力であるということを、父親は改めて知らされました。
自分の無力さへのいらだちが、怒りとなって母親に向けられたのだと思われます。
怒りを向けられた母親は、家庭の重大時に協力してくれない父親に失望しあきらめていかざるを得ませんでした。
父親の無力化が子どもどのような影響を及ぼすのか
父親の無力化は、いろいろな影響を子どもに及ぼします。
特に子どもの成長への影響は無視できません。
また家族各々の関係の持ち方をも変えることになります。
夫婦の関係の希薄さに逆比例して、母と子の関係が密着していきます。
精神分析によれば、子どもの倫理観の形成には、父親の権威像が必要であると言われています。
いわゆるエディプス・コンプレックス説です。
フロイトは幼い男児が母親に性的関心を向けるが、父親による去勢を恐れ、心理的な葛藤状態になることを、「エディプス・コンプレックス」と呼びました。
子どもは父親を自分と同一視することによって、この葛藤を解決していくのだと考えました。
この父親像を自分のなかに取り入れることにより、倫理や道徳の規範となる超自我(良心の働きをするもの)を形成していくのです。
去勢という強い圧力を子どもに与えることのできる父親が、子どもの心に倫理的、社会的規範を与えると主張しました。
しかしこの説に批判的な考えもあります。
エディプス・コンプレックス現象は、別に性的な特別の欲求によって起きてくるのではなく、甘やかされた子ども一般に見られる現象だという主張があります。
これはフロイトと同世代のウィーンの精神医学者アルフレッド・アドラーによって唱えられたものです。
アドラーはエディプス・コンプレックスを、甘やかされた子どもが、自分の欲求を何の制限も受けずに得ようとする、対人行動の一つであると考えました。
母親に甘やかされた子どもは、自分の欲求の全てを、母親から満足させてもらうことを期待するようになるのです。
性的に目覚めたときも、母親によって全ての欲求の満足を得ていた子どもは、自分の欲求を制限することができないのです。
発達史のなかで甘やかされた子どもは、自分の欲求を他者との関係のなかで制限することを学んでいないのです。
アドラーによれば社会的規範というものは、フロイトの言う去勢不安のようなものから生まれるのではなく、親との対人関係を適して学んでいくものだと考えました。
父親が恐ろしいもの、権威あるものとして振る舞うことではないのです。
お互いを尊敬し、家族と喜びを分かち合い、失敗を恐れない勇気を育て、周りの人と協力することの大切さを、
父親は子どもとの関係のなかで、身をもって実践し、教えなければならないと考えたのです。
このような体験を通して、子どもは社会化されていくのです。
それはまた他者と恐怖ではなく、喜びを通して協力していくことを学ぶことでもあるのです。
父親が子どもの育児や教育に参加してくれないと失望した母親は、父親への期待を捨て、自分一人で子どもを守ろうとします。
さらに核家族化や、少子化によって、母親は子どもの教育のために自由に時間を使えるようになりました。
このような母〜子の関係のなかで、現代の母親は、必然的に子どもを甘やかし、結果的に過保護の育児になっていくのです。
母親は心理学や育児書の情報をふんだんに学び、子どもが発達途上で自らの力で乗り越えなければならない課題を、先回りして、手を回し、子どもが失敗するのを防ごうと一生懸命になります。
失敗してもそこから子どもが何かを学び、立ち直るということを信じることができないのです。
「この子のために」という論理で、母親は子どもに干渉することを正当化します。
このことがどのくらい子どもを甘やかすことになるかを考えないのです。
母親の心理には、子育てに失敗したら大変だという不安が、色濃くあるのです。
この不安が、母親の自分こそ守ってあげなければという気持ちを、肥大化させています。
こうしてアドラーの言う甘やかされた子どもが、社会化の不十分な��わがまま″な子どもが、圧倒的に多くなっているのです。
中学三年のP子の例です。
四〇歳のサラリーマンの父と三九歳の専業主婦の母、中学一年の弟の四人家族でした。
P子は中学二年の頃からいわゆるつっぱりグループと付き合いがあって、家に帰ってくるのが遅いときがよくありました。
弟と仲が悪く、つかみ合いのけんかをよくしました。
あるとき、私は夫婦二人で二、三泊の旅行に行くことを提案しました。
父は賛成しましたが、母は頑として賛成しません。
理由は母がいなければ、子ども達だけでは何もできないし、子どものけんかは収まりがつかなくなるだろうということでした。
また姉はこれ幸いと外泊してくるかも知れないし、とても子どもだけ残して親が旅行に行くなんてとんでもないという考えでした。
母は自分がいるから、かろうじて家族が持っているので、いなければ皆てんでに勝手なことをすると考えていました。
説得に難航しましたが、私は、とにかく一泊だけしてみるよう勧めました。
結局両親は一泊旅行に出かけました。
お母さんの心配をよそに、子ども達は一度もけんかしませんでした。
むしろ協力的で仕事も分担し、親がいるとき以上に仲が良かったのです。
もちろんP子は、外泊や遊びに行くこともありませんでした。
母にとっては大きなショックだったようです。
子ども達を信頼することを、母親が学んでいくにつれてP子の問題行動も減っていきました。
この例のように親の信頼は子どもを大きく成長させるのです。
子どものありのままのを受け入れることで、父親は信頼される
子ども達に父親が一番教えなければならないことは、
人は皆お互いが平等であり、尊敬し合って、協力していくのだという民主的な具体的な生き方ではないでしょうか。
教えなければならないことは、人は皆、性別とか、国籍とか、年齢とかに関係なく、対等であり、相互に尊敬し合うなかで、協力的な関係を築いて生きていくことが必要だということです。
「厳父」のような理想的な父親像を作り、そうあらねばならないとがんばることではないのです。
いまの父親に必要なのは、子どもの現実の姿を認め、良い関係を作り、そこから父親の影響力を取り戻していくことではないでしょうか。
父親の強さというものは、完全な父親の姿を、子どもに見せることではないと思います。
不完全であること、父親といえども失敗することがあるということを、ありのままの姿として子どもに示す必要があるのです。
不完全であることを認める勇気こそ、最大の勇気であるということを、子どもに教えなければならないのです。
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