自分もちょっぴり役に立つということを教える・自覚させる
いまの子ども達は日本が豊かになったせいか、少子化のせいか全体に甘えて育っていると思います。
私達は子どもの要求にも、金銭的にはそれほど困ることなく要求を聞き入れることができます。
ほしがるものは結構何でも買い与えることができます。
ほとんどの子どもがファミコンを持っています。
自転車も何台も持っています。
ものが乏しかった時代に育った私から見れば、いまの子どもは本当にうらやましいかぎりです。
昔、友達のなかで、たった一人自転車を持っている子がいました。
自転車に乗りたくて一五分借りるために宿題をかわりにやってあげたことを思い出します。
恵まれたいまの子ども達は、親を含めて周りの人が自分に何かしてくれて当然だという気持ちを持っています。
自分も誰かに役立つことができるなどということをあまり考えません。
というより役立っことができるのだということを教えてもらっていないようです。
他人に役立つことを貢献と言います。
子ども達にはこの貢献感が育っていないのです。
貢献感はどうしたら育てることができるのでしょうか。
いまの子ども達は家の手伝いをしなくなりました。
というより、あまり子どもが手伝う家の仕事がないのかも知れません。
それに子どもの手伝いは、かえってスピードは遅いし、中途半端だし邪魔になることさえあります。
お手伝いする時間があるなら、勉強に使ってほしいというのが、親の本音かも知れません。
しかし子どもにはお手伝いをさせてほしいのです。
もちろんお手伝いが目的ではありません。
お手伝いをしてもらい、「それがお母さんに役立ったよ、ありがとう」ということを子どもに言うためなのです。
貢献は他人からその行為を感謝されることを通して初めて学ぶことができるのです。
いまの子どもが、他者に貢献しないのは、もしかしたら私達大人が、子ども達に「ありがとうよ」ということを言っていないからではないでしょうか。
紀夫(仮名)君は小学六年生です。
お母さんが
「紀夫、お風呂の掃除をやってくれるとお母さん助かるけどな」
と頼みました。
紀夫君は
「ダメだよ。今日は友達と遊ぶ約束をしてきたから」
と断ります。
「わかった。急に言っても無理だよね。じゃいつならお手伝いしてもらえるかな」
とお母さんは聞きました。
「来週の日曜日に手伝うよ」
と紀夫君は自分で手伝う日を決めました。そして日曜日がきました。
紀夫君は自分から風呂掃除を手伝いました。
お母さんは
「風呂掃除ありがとう。本当に助かったわ。ご苦労さん」
と言いました。
紀夫君は
「大したことないよ。この次また言ってよ。手伝えるときは手伝うから」
とにこにこしています。
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