やる気満々の子供、無気力な子供
子どもたちの中には、やる気いっぱいの子がいます。
そして、子どもによって何にやる気を出すか、いろいろと違います。
勉強が大好きで、学校でも塾でも楽しく学ぶ子、
眠い目をこすりながら夜中になっても勉強をやめない子、
水泳が好きで毎日でも泳ぐ子、
走ることが大好きで毎朝ジョギングを続ける子、
夏休みのラジオ体操を毎朝ちゃんとやり遂げる子、
本が好きな子、
絵が好きで授業中でも先生の目を盗んではノートに絵をかく子、
大人を負かすほど碁が強くて碁会所に楽しく通っている子……。
いったい、何が子どもたちにそうさせるのでしょうか。
子どものやる気、どうしてもこれをしようと積極的に行おうとする心、あるいはこれはすまいという積極的に自制する心‥…・。
意志・意欲を科学的にとらえるのはたいへん難しいことです。
確かに、人間というものは自分の意志で、目的志向的な活動を通して生命を営むことができる唯一の動物であると考えられます。
われわれは、遊びたいが勉強しなければならないから勉強するというように、義務感によって何かを行っていることがあります。
二つの心の流れの葛藤によって一時的に停止した、あるいは停止しそうになった行動をより高い心の流れに向かわせる心のプログラム、それが「意志」であるといえるかもしれません。
また同時に、このプログラムは、二つの行動のプログラムのどちらかを選択するものといえましょう。
意志・意欲の心のプログラムは、いったいどうなっているのでしょうか。
人間の行動をよく見ると、確かに、喜びや満足が得られるから、楽しいから、うれしいから、その行動のプログラムが意志のプログラムによって作動するのだと説明しやすいものがたくさんあります。
例えばおなかがすいたから食べるのは、空腹感を満たし、満腹感が味わえるからだといえます。
好きな音楽を聞きたいと思ってレコードをかけるのは、その音楽の美しいメロディーを聞いて、良い気持ちになるからであるといえます。
人間はいろいろな報酬を、すなわち「報い」を求めて行動していると考えられるのです。
しかし、一見したところ、とくに報酬がないのに取る行動もあります。
柔道、剣道、陸上競技、野球などの猛練習とか、難しい算数、国語、外国語の勉強を続けるとなると、簡単に楽しいからではすまされない場合も多いのではないでしょうか。
なぜ、ある子は積極的でやる気満々なのに、ある子はまったく意欲がなくてやることができないのでしょうか。
たしかに、はた目に見ても、練習とか学習が楽しいとは決して思えないことも多いと思うのです。
もちろん、いつかは優勝旗を、メダルを、入試合格をという報酬があるからかもしれません。
さおの先につけたニンジンを鼻の先にぶら下げられて走る馬と同じでしょうか。
それも、あまりに簡単な説明のように思えるのです。
人間には、この報酬を求めているようにはまったくみえない、もっと高等な行動がたくさんあります。
なぜ、徹夜して芸術作品を作ったり、寝食を忘れて医学や生物学の研究をするのでしょうか。
なぜ、数字だけを並べて考え続けることができるのでしょうか。
なぜ、断食の苦しみのなかで仏の道を求めるのでしょうか。
なぜ、自分を犠牲にしてまでボランティアとして心身障害児や寝たきり老人の世話をするのでしょうか。
人間の高次の行動となると、抽象的なものに対しても強い意欲を示します。
このような現象はある意味で最も人間らしい行動であり、なぜそうするのかという説明は大変に難しいのです。
有名な動物実験があります。
この事実が人間のそのような行動のなぞを解くかぎになるように思えます。
ネズミの脳に電極を差し込み、ネズミがレバーを踏みさえすれば弱い電流が電極に流れて脳を刺激するような配線を作ります。
そこで、電極の位置を脳の中であちこちと変えてみます。
そうすると、ネズミが自分でレバーをあやつり白分から積極的に刺激を求めるような場所が脳の深部に見つかるのです。
ネズミはレバーを踏み続けるようになるのです。
これは、体の中からの信号でなにか報酬が出る部位があるからではないかと考えられています。
この事実は、生き物にはある行動をとるのに必要な報酬を作る神経回路が脳の中にあることを意味します。
これがリウオーディソグ・システム(報酬系)であり、前の実験で示された脳の部位はリウオーディソグ・センター(報酬中枢)と呼ばれるものなのです。
このシステムがある以上、それを機能させるプログラムがあると考えるのは当然のことです。
このプログラムは、意志のプログラムと表裏の関係にあるようにみえます。
リウオーディソグ・システムは、いちおう視床下部と脳幹頂部の大脳辺縁系の神経細胞のネットワークと考えられるのです。
現在、食欲や摂食の行動に関係のあるものでは、リウオーディソグ・システムとその中枢が比較的明らかにされています。
その報酬中枢は視床下部にあり、その外側を壊すと食欲は低下し、内側を壊すと亢進するというのです。
もちろん、味や匂い、さらには色や形などの感覚的な情報、さらには情緒などの精神・心理状態もこのシステムに関係することは言をまちません。
リウオーディング・システムは、いろいろあるにちがいありません。
それは、決して簡単なものでなく、何百万もの神経細胞が関係する極めて複雑な回路からなっていると考えられるのです。
食欲に関係するリウオーディソグ・システムでは、血糖などの化学的な因子もプログラムの作動に関係しています。
飲水などのリウオーディソグ・システムでは、血液中のナトリウムなどの電解質や珍透圧も関係しているのです。
行動が高次になればなるほど、単なる化学的な因子による刺激や電気的な刺激ばかりでなく、神経ペプチド(アミノ酸の鎖)のような特殊な化学的な因子も関係しているようです。
脳の組織は、モルヒネと似た作用をする物質さえ分泌するのです。
例えば、ジョギングのような単純な行動でも、この分泌が増加するのですから、人間らしい行動になればなるほど、リウオーディソグ・システムにはいろいろな因子が関係してくるのでしょう。
医学・生物学的にいえば、
子どもたちの意欲にもリウオーディソグ・システムが関係していることはありうることです。
ですから、子どもたちの意欲を高めるにはそのプログラムがよく働くようにしてやらなければなりません。
しかし、その方法は難しいでしょう。
とくに、内的なプログラムの作動についてはわからないことがあまりにも多すぎるといえます。
しかし、あるお母さんから聞いたこんな話が何かヒントを与えてくれるのではないでしょうか。
お子さんの通っている小学校に、満点を取るまで同じ問題を繰り返し出す先生がおられるそうです。
出来ない子どもは、十回も同じ問題を出されたのかも知れません。
しかし、先生に赤い字で100点と書いてもらった答案用紙を持って帰って、
「お母さん、今日満点とったよ」
と誇らしげに見せるその子どもの心の中では、リウオーディングのプログラムがフル回転しているにちがいありません。
これと同じ考え方で、
家庭の中で子どもをしつけるとき二つしかったら必ず二つ褒めなさい、とくにしかった後では、
と私は申しあげています。
どの子どもにも必ず良いところはあるものです。
子どもたちは、与えられた目的や自分で立てた=的を達成したり、知性的なもの、情緒的なものを求めるプログラムを持っているのです。
それによって、逆境にあっても、つらさに耐える力を持つのです。
そのプログラムをうまく働かすとき、満足とか喜びを感ずることができているのです。
それを感覚的に感ずるかどうかは別として、だからこそ子どもたちはそうするのです。
子どもたちの求めるものが知性的な対象であるか、感覚的な対象であるか、運動的な対象であるかによって、リウオーディングのプログラムは異なるでしょう。
それを内から働かすことは難しくても、外からならなんとかできるのではないでしょうか。
また、外から何回も動かしていれば、内からも働かすことができるようになるのかもしれません。
教える立場にある者は、先ずそれを試みるべきであると思うのです。
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