子供が成長するってどういうこと?
子どもが「成長する」とはどういうことでしょうか。
年齢で考えると、お誕生日がきた、三歳になった、学校にあがるなどといったときには感慨があるでしょう。
また、わが子をながめて、からだが大きくなった、しっかりしてきたなど、その姿に成長を感じることもあります。
ところが、このごく自然なことが、いやにむつかしく、かまえた格好で受けとられる傾向があるように思われるのです。
「なん歳児」というふうなとらえかたがそのひとつ。
保育所や幼稚園、役所の「健康診断」や「保健指導」では、子どもを「三歳児」とか「一歳半児」、「九ヶ月児」「新生児」といったぐあいに分類しています。
でも、こういう成長のとらえかたは教師や保母や医者や保健士のものであって、けっして親のこころになじむものではありません。
親にとってわが子の成長は、やっぱり感覚的であり、生活のなかにこそあるのです。
親にとって子どもの成長とは、制度によって区切られるものでなく、なしくずしに連続していて、親と子の相互の情緒的な関係によって認識されるものなのです。
ですから、たとえ、なにかの障害があって、なかなか歩けなかったり、しゃべれなかったりして、レベルを低くみられても、親には親の成長への実感があるのです。
その子をいくつとみるかは、もう生活の年輪のようなもので、からだの大きさや能力のレベルではないはずです。
とすれば、成長を数量的にとらえようとする傾向もあまりいいこととは思われません。
体重や身長で成長を「科学的」に測り、なんキログラム増えたとか、なんセンチメートル伸びたというのを成長のあかしとすることはどうかと思うのです。
健康診断などで体重計をのぞきこむお母さんの目はとても真剣で、そこには「大きくなってほしい」という悲願がみえかくれしています。
そういう思いが育児に大切なことはたしかですが、体重の増えかたが多いの少ないのといっても、大半は正常の範囲内、個人差にすぎません。
まあ、親の楽しみのひとつとすればいいのでしょうが、数量にひきずられて、それが「科学」だと錯覚したときにはたいへんです。
どうみても元気でそれなりに育っているのに、ただ体重の増えかたが平均より少ないというだけで、食事の強制が行われたり、欲しくもないのに無理に食べさせられる子どもは、どんなに辛いことでしょう。
「成長する」ということを、制度とか科学の手から、人間どうしの感じ合いの世界に引きもどしてほしいと思うわけです。
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