子供の食事については、多少の飢えが大事
異なった世代がともに暮らす家庭では、食事はしばしば紛争のたねになるようです。
考えてみれば、おとなと子ども、年寄りと若い人では好みから食べる量、空腹を覚える時間、たしなみかたまで大きくちがうので、トラブルがおきないほうが不思議です。
そうだとすれば、食事にはある程度の目こぼしと、たがいにゆずり合う寛容があるのがよさそうです。
さもないと、紛争が高じるか、だれかが涙をのんで、結局は不快を招くことになりかねません。
子どもが少ししか食べないとか、「偏食」がひどいと気になるでしょうが、これもあくまで親の側からの感じ。
勝手なあせりかもしれないという一歩退いた見かたをしてみたらどうでしょぅ。
そうすると、これがその子にとっての食事なのかと思えてくるのではないでしょうか。
じっさい、そういうタイプの子はたくさんいますし、それでけっこうやっていけるのです。
それは、栄養はすべての栄養素をいつもまんべんなく取らなければならないものではないからでしょう。
こんな子をやいのやいのと攻めたてるのは酷なことです。
子どもにしてみれば、欲しくもないのに食べさせられるのはつらいし、かえって、いやになってしまいそう。
あとで欲しくなったとしても、意地が許さなかったり、ぐずって親にさからってみたくなるかもしれません。
必要なのは、与えるより、むしろ飢えさせることかと思います。
めいっぱい遊べばおなかも減るでしょう。
そのうえ、いっしょに献立を考えたり、買い物や調理を手伝ってもらったりすれば、もっと食欲はわくでしょう。
食卓では多少散らかしたり、もたもたしていても、あまりうるさくいわないこと。
「正しい」マナーにこだわって、楽しさをなくしてはつまりません。
大食で太りすぎが心配な子も、飢えが大切。
食べることを忘れてとことん遊んだあげくの食欲なら、肥満にはならないはずです。
ただし、いまの日本では、添加物の多い食品には自制心を持たせなければと思います。
飲みが減る
あるころから、母乳やミルクの飲みかたが急に減りだすことがあります。
いままでたっぷり飲んでいたのが、勢いがなくなり、見向きもしなくなったりすると、親は大慌て。
病気は別として、飲みが減ったのは、たいてい、赤ちゃんの成長のしかたに変化がおきているのです。
これまでぐんぐんふとって、体重もひと並み以上といった子の場合は、ここで小休止。
このままのペースで飲みつづけると巨人になってしまうので、いわば「自動調節」を働かせているわけ。
こういうのに「親心」を押しつけて無理強いすると、本当の「乳ざらい」になってしまう恐れがあります。
離乳食がすすむころになると、母乳やミルクよりも、ほかの食品の昧のほうがよくなって、飲むのをきらう子もでてきます。
たくさん食べるようなら、思いきって離乳をすすめたらいいでしょう。
食べる量が少なく不安があったら、牛乳を与えてみるのも一法。
砂糖は加えないで、初めは三分の二の濃さから、一、二ヶ月もしたら薄めずに。
バニラのエッセンスなどを落とすとよく飲むかもしれません。
晴乳瓶を嫌うときは、スプーンやコップなどで。
調理に牛乳をふんだんに使うのもよいことです。
六、七ヶ月を過ぎた赤ちゃんは、「遊び」がさかんになってきます。
おっぱいを飲みながら、周囲のことに気を取られるし、飲むよりもいたずらのほうに興味を示すかもしれません。
それはそれで、うれしい成長をものがたるものです。
テレビなど、授乳時にあまり気を散らす刺激は避けるとしても、栄養より行動の広がりを喜んでやってください。
気分が快いように環境を整えてやることも必要です。
ベッドに寝かせていることが多ければ、なるべく出して動き回ったり、遊んでやる時間をつくってやってください。
旅行とか来客で習慣を乱されたときは、日常を取り戻すために、二、三日はぐっと落ちついた生活を。
食欲は状況に応じて動揺するのを防げませんが、早く回復しないと体調をくずす恐れがあります。
むし暑い巨ハ�kつく妄∵こ、ミルクを冷たくしたり、牛乳にかえたり、むぎ茶、ヨーグルトなどで消耗を防ぐ工夫をしてください。
食べない
お誕生を過ぎるころから、急に食べなくなることがあります。
親というものは、子には食べさせたがる性がありますから、これはたいへん気にかかる出来事です。
たいていの親は懸命に格闘を始めます。
でも、なかなかうまくいきません。
いろいろと工夫し、やいのやいのと脅したりすかしたり、結局はため息をつきながら日がたって、いつの間にか、この戦争もうやむやにすんでしまうのが落ちのようです。
そのあげく、栄養とか発育に重大な支障をきたすこともまずありません。
多少やせ気味でも、元気に育っていくのが不思議なくらい。
どうやら、赤ちゃんは、そんなふうにできているのです。
からだのことでは、もうこのころには目覚ましい発育の時期は終えて、皮下脂肪も減り、すらりとした体形に転換しだすので、前よりも栄養はいらなくなります。
けれど、赤ちゃんを見ていると、それよりも、食べること以外のことに気が向いてしまうのが大きな理由のように思われます。
親が食べさせようとするのを、そらしたり拒んだりして、試し、遊び、自己主張もやっているらしい。
これは赤ちゃんの発展であり、親を相対化していく試みなのでしょう。
そうとすれば、無理やり食べさせにかかるのは、生理的にも心理的にもふさわしくない。
いままでの「発育第一」ではなく、食事を楽しみ、子どもなりのしかたで家庭生活に位置づけるよう切り替えるのがよさそうです。
まず、本人の食べる気を待つこと。
遊びに夢中になっているのを、中途でテーブルに着かせるなどは下手なやりかた。
食卓が整う気配に関心を向けたときさっと連れてくるとか、親だけ先に食べ始めて寄ってくるのを誘ったりしたらどうでしょう。
食品は、本人の好むものを食べるだけ与えること。
きらいなものを強制するのは、食欲を閉ざすだけです。
せめてたわむれみたいにして少しずつ口に入れるくらいに。
偏食と「むら食い」は、この時期の赤ちゃんでは普通です。
むしろ、そのほうが心身の現実に忠実なのかもしれません。
いつも万全な「栄養」をとらせるという考えは、そもそも人間の自然と主体的意志に反するものです。
しかし、単なる放任ではなく、その場の食品の中から選択することになるのですから、食卓は豊かにして、生活のけじめはつけるように。
いまは家庭とか幼稚園とかの努力だけで子どもをちゃんと育てることができなくなった時代です。
いくら親や先生が一生懸命に育てようとしても、人間の生きる基盤である環境そのものがものすごく汚染されているからです。
ですから、現代の子育ては、なによりも環境をよくすることからはじめなければならないと思います。
まず、身近なところで、空気、食物、衣服、住居、交通の安全を求める必要があるでしょう。
ですが、これらは個人の努力だけではどうしても限界を感じるにちがいありません。
たとえば、食物は、目を皿のようにして有害な添加物の有無を調べようとしても、表示がよくわからないし、その表示さえないものも少なくはないのが実情です。
とすれば、なによりも行政レベルでしっかりした対策をとってもらうことが先決。
そのためには消費者運動が不可欠になってくるでしょう。
まして、その食物に放射能が入っているかいないか、どれだけ入っているかといった心配になれば、これは明らかに個人の判断の城を越えています。
とりあえず消費者運動として取り組まなければなりませんが、それだけでは不十分。
国に対策を迫る必要も大きいですが、それでも足りない。
核兵器や原子力発電の危険などは国際的に対策を講じてもらわなければならないことでしょう。
さらに大規模な自然破壊になると、もう地球規模の問題。
人類として阻止するはかないはずです。
そうした思慮と行動を欠いた子育ては、砂上の楼閣。
本気になって子どものこととおとなたち自身のことを考えるのなら、家庭とか学校とか狭い場所からでて、社会的にアクションをおこさなければと思うのです。
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