いじめを傍観する子ども達
いじめという問題があります。
これも基本的には交友の問題でもあるのです。
いじめは相変わらず陰湿に子ども達の心を傷つけています。
いじめられた子ども達が、一番心を傷つけられるのは、傍観者によってです。
「自分はいじめているわけではなし、いじめられている子もいじめている子もどっちもどっち」
いう発想が、傍観者にはあります。
この発想は、いじめられている子どもの心をひどく傷つけるのです。
あるいじめられている中学一年生の男の子が言っていました。
「いじめる子は頭にくるけど、奴らは悪だから仕方がない。
一番ショックなのはクラスのほとんどの子どもが、自分がいじめられているのを知っているのに、見て見ぬ振りをしていることだ。
他の子ども達が自分の味方でないことに強いショックを受けた。
別に助けてくれって思っているわけではない。
でも一言二言声をかけてくれてもいいんじゃないの。
いじめられていても平気で通りすぎていくクラスの子ども達を見ていると、誰からも助けてもらえないほど俺は魅力のない人間なんだという気持ちになってしまう。
それが一番つらいんだ」
と悲しそうに話をしてくれました。
危機に陥ったときに、初めて自分の仲間内の評価に気がつくのです。
いじめられることもつらいが、それを傍観されることはもっとつらいのです。
このように現代の子ども達の他者への関係の持ち方は、できるだけ精神的な関わりを最小限にするという希薄さが目立っています。
付き合いの価値基準が常に自分になく、他者に向いています。
現代の子ども達も、一見個性にあふれているように見えます。
しかし現実にはどうでしょうか。
同じチェックのマフラーを同じスタイルで首に巻いている女子高校生が、渋谷や新宿を閥歩しています。
個性の一かけらもありません。
また、いまの子ども達はあまりにも遊ぶ時間がなさすぎます。
子ども達の下校の時間に門のそばで子ども達を観察してみればすぐにわかります。
多くの子ども達が、その日の遊び相手を求めて必死に「今日、遊べないか」と友達を求めています。
それでも、多くの子どもは塾があるからとか、お稽古事があるからとか言って断られています。
最近はこういう子どももいなくなるほど、遊ぶことが少ないとも言われています。
かつての子ども達のように、夢中になって身体を動かして遊ぶことが困難になってきています。
子ども達の運動能力も落ちていると言われています。
ファミコンやテレビなどのように、バーチャルリアリティ(仮想現実)の世界で、遊びを楽しむ子どもが増えています。
しかしこれらの遊びは与えられたお仕着せの遊びなのです。
レディーメードのものであり、自発的な知恵や工夫を学ぶ機会を持つことができないのです。
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