女の子の更正は、男の子の更正より難しい
女の子の場合、いちど非行の泥沼に足を踏み入れると、男の子より立ち直りが困難だといわれます。
なぜでしょうか。
東京近郊のごく一般的なサラリーマン家庭の第二子として生まれた順子(仮名)に、非行の兆しが見られるようになったのは、彼女が中学二年生の夏休みからです。
順子の小学校での成績は、五段階相対評価で体育が「5」のほかは「4」と「3」が半々ぐらいですから、決して悪い成績ではありません。
しかし、両親はことあるごとに成績のよい兄と比較しました。
彼女はそのような親に反発して、勉強はまったくといっていいほどしなくなり、中学二年の一学期には、体育以外はほとんどが「2」というひどい成績になってしまいました。
そんな彼女が、ただ一つの生きがいとしていた運動部をやめたことが、非行の坂道をころげ落ちる直接のきっかけとなりました。
部の上級生との折り合いが悪く、「生意気だ」という理由でリンチを受けたことが原因です。
夏休みに部活動だといって朝から家を出て、ゲーム・センターなどで遊ぶようになりました。
二学期には、そこで知り合った他校の番長グループの女の子と喫茶店やディスコに出入りして、何度か警察に補導されました。
親に叱られると家を飛び出して、無断外泊するといった生活を繰り返しました。
ディスコで知り合った二十歳になる青年のアパートに寝泊まりしていたのです。
春休みには、家の金を十万円ほど持ち出して家出しました。
約半年後に、大阪のソープランドで働かされているところを警察に保護されましたが、すでに覚せい剤常習者となり、暴力団組員のヒモがついて売春させられていたのです。
非行に足を踏み入れている女の子でも、順子のようなところまで落ち込むのはまれなケースと考えていませんか?
順子自身もそうなるまでは、家出、暴力団、覚せい剤、売春という転落の道を、自分とは関係のない別の世界のことだと考えていたのです。
この例に見るように、今日の日本の社会は、とりわけ女の子にとっては危険な落とし穴の多い社会です。
ある教護院(家庭に保護能力がなく、非行性のある子どもを保護し、教育するための児童福祉施設)の関係者の話によると、
施設から逃げ出した男の子はまず九割は親のもとへ帰るが、女の子の場合は、逆に九割が家に帰らずに街に消えてしまうといいます。
また、刑法犯少年に占める女子の割合は二二・三パーセントですが、家出少年の場合は女子が五六・八パーセントと、男子を上回っています。
東京の下町で、家出中の女子中学生三人をマンションに住み込ませて売春させていた暴力団組員が児童福祉法違反の容疑で逮捕されました。
最初はトルエンを吸わせたり、金を貸すなどの面倒をみたうえで、「金がないなら、からだで返せ」などと脅し、ホテルで売春をさせるというお定まりの手口です。
このように女の子の場合、からださえ投げ出せばどうにでも生きていけるという社会的状況が、このような男女差の原因になっているのではないでしょうか。
自立した女性に育てるためには、手本・憧れとなる女性が身近に必要
戦後、女性解放の呼び声とともに「性の解放」が叫ばれました。
だが、女性解放が実態をともなわない名ばかりの解放であるのと同様に、
「性の解放」もまた、その実態は、今日の日本の社会に根強く残る男尊女卑の思想と資本の論理による女性の「性の商品化」をカムフラージュするうたい文句にしかすぎません。
人間の性が生殖からも愛からも切り離されるばかりでなく、一方の性が一方に従属し、さらに商品としてあつかわれるという状態は、人間性の否定以外のなにものでもありません。
退廃とは、このような人間性否定の文化(広い意味での)状況をさすことばです。
女子の非行、退廃化の広がりは、構造的にはこのような社会の退廃に根を持つ現象です。
ですから、人間性を疎外する社会の変革こそが、女の子ばかりでなく子どもを非行、退廃から守る本質的な課題とならなければならないでしょう。
そのような社会の変革という大事業は、男性まかせでできることではありません。
女性も、社会や政治の問題に主体的にかかわっていくことが求められますし、女の子も、そのような自立した人格として育てられなければなりません。
そのように子どもを育てるということは、
女性の生き方としての身近な手本である母親の生き方が問われる問題であるともいえるのではないでしょうか。
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