中学生の非行・問題行動について
どんなにおとなしい子でも、まじめな子でも非行に走る可能性がある。
物質的な豊かさを求めた結果である
非行の多くは一過性、だが……
一昔前まえまでは、非行と聞けば、わが子とは無縁のことと考えるような親が少なくありませんでした。
だがいまでは、中学生の子を持つ親の多くが、いや、すでに小学生のうちから、わが子の問題として心配するようになった、と言っても決していい過ぎではないでしょう。
中学生を中心とする子どもの非行が深刻な社会問題となり、非行の低年齢化が叫ばれていることが、親の不安をかきたてています。
非行が、特殊な子の特殊な問題でなくなっているという問題もあります。
そればかりではありません。
少なからぬ親が子どもの育ち方に不安をいだいています。
中学生を中心とする子供の非行が深刻な社会問題となり、非行の低年齢化が叫ばれていることが、親の不安をかきたてています。
非行が、特殊な子の特殊な問題でなくなっているという問題もあります。
そればかりではありません。少なからぬ親が子供の育ち方に不安を抱いています。
そして、子どもをとりまく環境もいちだんと悪化し、どの子が非行に走っても不思議でない、という状況もあります。
子どもというのは悪さ・いたずらを繰り返しながら成長していく存在です。
そして、��非行″と呼ばれる行為もまた、おとなになるための通過儀礼で、その多くは一過性です。
だが、一過性に終わらせるかどうかは、親や教師をはじめとするおとなの対応の仕方にかかっています。
それに、今日の子どもの非行は��大人になるための通過儀礼″といって軽く見過ごすことのできない深刻なものが多くなっていますから、十分な注意が必要なことはいうまでもありません。
少年の非行が慢性化している
戦後第三の非行(第一のピークは一九五一年、第二のピークは一九六四年)と呼ばれている今日の少年非行は、
一九七三年のオイルショックに端を発した高度成長の終りとともに急増し、以来今日まで高い水準を維持しっづけています。
過去にこれはどながく非行の山がつづいたことはありません。
そういう意味で、少年の非行は慢性化の時代に入ったといえるでしょう。
平成元年版『警察白書』によると、一九八八年の一年間に全国で補導された主要刑法犯少年の数は一九万三千二百六人で(前年に比べて三・二%増)、
一九八三年をピークに若干減少傾向にあった少年非行が再び増勢に転じました。
特徴としては、これまでの非行の主役とされてきた中学生に代わって高校生が全体の三六・六%で最も多く、次いで中学生の三五・九%となっています。
中学生に代わって高校生がトップになったことについて、中学生の生徒指導の成果とみる見方もありますが、
校則と体罰による管理強化によって子どもの問題行動が抑えこまれたために、高校生になって吹き出た結果、高校生の非行が増加したと見るほうが当を得ているようです。
しかし、高校生の非行が中学生を抜いてトップになったというのは、あくまでも警察の補導件数であって、水面下での少年非行の実態からすれば、
非行の主役はやはり中学生だという状況は変わっていないようです。
いま「普通の子」が危ない
��非行″といえば、とかく日ごろから問題行動のある子どもと考えがちですが、
最近は、悪質、凶悪な事件が、あまり目立たない「普通の子」によって引き起こされています。
東京・板橋区の中学三年の二人の少年が、人目が届きにくいマンションの屋上に小学生などを連れ出し、プロレスの荒技をかけて計六十人に重軽傷を負わせるという事件がありました。
二人は、学校では目立たない普通の少年だったといいます。
先にもふれた両親・祖母殺害事件(一九八八年七月、東京・目黒区)の中学二年生の少年も、学校では「明るく、ひょうきんで人気者」であり、近所でも礼儀正しい評判の子だったといいます。
成績は「中の上」だったといいますから、少なくともはた目には��普通の子″だったといっていいでしょう。
もちろん、本当の意味での普通の子なら心配はないでしょう。
わたしが心配するのは、親や教師によってつくられた「普通」という枠ぐみのなかに、押し込められている子どもです。
親や教師による強制、ということばかりではありません。
親や教師の要求を先取りして、自分からすすんで自己規制することで、必死に「良い子」や「普通の子」を演じているような子どもも少なくありません。
本来、子どもというのは遊びや、遊びのなかで獲得する友だちや仲間のなかで育つものです。
そして、「反抗期」ともいわれる思春期にもなれば、親や教師の期待する「普通」に反発するのが、子どもにとっての普通なのです。
しかし、多くの親や教師は、勉強そっちのけで遊んでばかりいる子どもを、普通とは見てくれないのです。
そして、かりに友だちとあまり遊ぶようなことがなくても、よく勉強する子どもは「良い子」であり、心配のない「普通の子」と見てしまうのです。
しかし、そのような心の揺れや悩みを表現することをしない子どもの場合、
それは内部でいっそう肥大し、それが極限にたっしたときには、とりかえしのつかない事態を招くことになりかねないのです。
心身の発達のインバランスが原因
思春期は、危機をはらむ年代です。
その大きな原因の一つに、心身のいちじるしい変化、とりわけ心身の発達のインバランスという問題があります。
中学二年にもなれば、肉体的に立派なおとなです。
しかし物事の判断はまだ幼く、依存しながら自立するといわれるように甘えた気分もたっぷり残っていて、精神的にはまだまだ子どもです。
とりわけ今日の子どもは、身体の発達が早まる(早熟化)一方、精神の発達という面では逆に遅滞する傾向があります。
そのインバランスな状態がますます顕著になって、思春期危機を増大させています。
中学生という時期は、思春期のなかでも発達のバランスが最も悪い時期なのです。
中学生の時期が、最もむずかしい年ごろだといわれる最大の要因はここにあります。
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