受験勉強と偏差値のワナ
偏差値は、その弊害についてもいろいろ指摘されています。
だが、高校進学を目指す中学生やその親にとって、無視することのできない大きな力を持っているというのが現実です。
しかし、数字を示されて、「これがあなたのお子さんの偏差値」ですなどといわれても、あまりピンとこない親の方が多いのではないでしょうか。
偏差値というのは、テストの得点とは違います。
ある限られた集団の中での各人の相対的な位置を示す数字です。
なぜ、順位というわかりやすい数字を使わないのでしょうか。
それは、たとえば十人中の五番と百人中の五番を比べてみればわかるように、順位というのは全体の人数が変われば、その意味も当然変わってきます。
また、テストには必ず問題の難易があります。
やさしい問題で八十点とったのと、むずかしい問題で七十点とったのとでは、どちらがよくできたのか判断がつきません。
偏差値は、全体の平均値に照らしてどのような位置にいるかを表す方法です。
平均からの「偏り」という意味で「偏差値」と呼んでいるのです。
偏差値は平均が五〇で、普通最高は七五、最低は二五ですが、問題がとくにむずかしい場合には、最高八〇ぐらいになることもあります。
教育的な意味は非常にうすい偏差値
ところで偏差値というのは、テスト業者の模擬試験の結果をコンピューターが打ち出したものにすぎず、教育的な意味は非常に薄いといっても過言ではありません。
それどころか、学校教育が業者テストの偏差値にふり回されたり、業者の出す偏差値だけで機械的、事務的な進路指導がおこなわれたりするような弊害も指摘されているように、差別、選択の道具にさえなっています。
しかし、現実にはこの偏差値を無視して高校を受けさせた場合、はたして合格の可能性受験体制と学習はどうかということになると、たいへんむずかしいことになります。
教師のデータより、豊富なデータをコンピューターにかけて業者が偏差値でランクづけした資料の方が、はるかに確立が高いというのは、いたしかたのないところです。
また、私立高校が単願推薦入学(他の学校をあわせて受験することをせず、その学校だけを単独に志願する生徒にたいして、出身中学校の推薦を受けて入学者を内定する制度)という形で生徒を受け入れる場合、
「偏差値○○以上」というように条件を示してくるのがふつうで、中学校では偏差値で生徒をふり分ける進路指導に疑問をいだいていても、まったく無視することのできないのが実情です。
要は教師も親も、子どもの進路を偏差値だけで決めるようなことをせず、進学しようとする高校の特色をよく知ったうえで、
その子どもの能力(単なる偏差値学力だけでないより多様な能力)や適性に見合った学校を、子ども自身の意志で選べるようにアドバイスを与えることです。
「わたしは、先生の��成績″のために商業高校に入れられたのです」
現在、某私立大学に通うある女子学生は、高校受験当時をふりかえってこういいます。
彼女は、普通科の都立A高校を希望していましたが、彼女の業者テストの平均偏差値は四九で、
受験案内書の予測するA高校の合格基準(八〇パーセント以上の合格の可能性) の偏差値は、五一となっています。
また、十一月の業者テストの結果、コンピューターがはじき出した彼女の志願するA高校についての所見も、
「内申点が今回の学力相応と仮定して、A高校の合否は本試験の当たり外れに左右される」
となっています。
そこで担任の先生は、合格の確立の高い都立C商業高校を受験するようにすすめました。
先生は、「大学に進学しないのなら、商業高校の方が就職に有利」といいますが、彼女はあまり気がすすみません。
しかし「先生の指導を無視するなら責任は持てない」と突っぱねられて、仕方なしにC商業高校を受験して合格しました。
しかし、彼女は合格を喜ぶ気持ちになれず、担任の先生にたいする反発から卒業式の日までふてくされていました。
高校に入っても勉強に身が入らず、一時は非行グループにも入り、両親をたいへん心配させました。
その後、さいわいに高校の担任の先生の指導で大学に進学する気になり、二年から進学クラスに入って立ち直りました。
A高校がだめなら、学費のかさむ私立でも普通科を、という彼女の希望を無視して、担任の先生はなぜ商業高校(公立)を強引にすすめたのでしょうか。
だが現実の問題として、担任の先生から無理やり本人の希望しない高校を受験するように言われたらどうしたらよいでしょうか。
なかには、教師のすすめる高校以外は内申書を書かないといったりするような教師もいます。
しかし、どの高校を受験するかを決定するのは子どもの権限に属する問題であることを、親も子どももしっかりと認識しておく必要があります。
そして、実際には内申書を書かないというようなことはできないのだということも知っておく必要があります。
なにはともあれ、子どもの一生を左右することにもつながることですので、先の例(女子学生)のように、自分で納得のいかない受験は絶対にさせるべきではありません。
「公立の合格者をクラスから何人出したかで、先生の評価が決まるからだ」
と、彼女はいいます。
しかし、この間題は先生を批判するだけで解決するような問題ではありません。
公立高校や有名私立高校の合格率によって、学校が評価されるような社会的風潮や親の意識にも問題があります。
偏差値だけで進路を決める危険性
政男は、人一倍プライドの高い両親の影響で、自分の実力より偏差値の高い高校ばかり受験して、何と十一校目でやっと合格という学校新記録をつくりました。
七校目あたりからは心身ともに疲弊しきって、寝込んでしまいましたが、栄養剤を飲ませ、父親が車で送り迎えして受験させました。
当時の政男を知る担任の先生は、さながらダウン寸前のボクサーが、無理やりリングの中にはうり込まれるようなありさまだったといいます。
自分の偏差値を度外視して受験校を選ぶことが、偏差値にふり回されないということではありません。
政男の場合、偏差値による進路決定を否定しているように見えながら、やはり偏差値の高い学校がよい学校だとする偏差値神話の犠牲者です。
さいわいにして政男は、はじめは意に添わない私立高校でしたが、いまは学校がおもしろいと元気に通っています。
志望校を選ぶに当たっては、やたらに偏差値の高いところにばかりこだわらず、教育内容のすぐれた学校を選ぶことが大切です。
都内のある中学校のPTAでは、公私立の高校百校以上の文化祭と体育祭の日程と内容を一覧表にして印刷したものを、PTAの全会員に配布して見学をすすめています。
文化祭や体育祭を見学することが、各高校の内容を知るのにたいへん役に立つからです。
父母と教師による都高校問題連絡協議会は、「各校の教育内容や特色で志望校を選ぶための手がかりを」と『父母がしらべた都立高校白書』をつくり好評です。
しかし、このようなことで、偏差値に支配される受験体制の矛盾を解消できるものではもちろんありません。
十五の春を泣かせないために、入学した年の学費は公立の五・七倍もかかるという私学の父母負担軽減や、教育条件の公私格差是正、選抜制度を含めた高校教育の見直しなど、抜本的な改革が急がれなければなりません。
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