中学生と進路
もし、子どもが「進学しないで就職する」といい出したら、あなたはどうしますか。
進学率九四・五パーセント(一九八八年)という時代です。
子どもからいきなり「就職する」などといわれれば、たいていの親はうろたえて、
「お願いだから高校ぐらいは出てちょうだい」
などといってしまいかねないでしょう。
変われば変わったものです。
昔はとりたてて裕福でない家庭の場合、なまはんかなことでは進学させてもらえない時代でした。
それなりに勉強もし、親に懇願してやっと進学を許してもらうといった状況でした。
ところが今日では、「そんなら高校なんか行かないよ」と子どもが親を脅迫する切り札にする例も少なくありません。
親の希望する高校進学と引き換えに、バイクを手に入れたという例もあります。
これではなんのための高校進学なのかわかりません。
高校入学後の中途退学者が年々増加し、暴走族のなかにはこのような高校中退者が多いといわれます。
折りにふれて子どもと進路の相談を
いうまでもなく中学生は義務教育学校の最終課程ですから、卒業後の進路の選択という問題は、だれもが否応なしに迫られる問題です。
そして、進路を選ぶということは、子どもにとって人生の岐路に立つはじめての経験です。
「親がそういうから」「みんながそうするから」
といった主体性のない態度で決めるような安易なものではないはずです。
親としても、子どもが中学生になったら、折りにふれ、子どもとともに進路について話し合い、子ども自身が自分の問題として進路について考え、
生きる目標や学ぶ目的をしっかり持てるようにすることが大切です。
いうまでもなく、ここでいう進路の問題というのは、将来どんな職業に就くとか、そのためにどんな高校、大学に進学するかといったことばかりではありません。
いま生きている社会の現実をリアルに見つめ、一個の人間として、また社会人として、未来をどう生きるかということをつきつめて考えることでもあるのです。
しかし、実際には学歴偏重社会という現実に合わせて、将来有利なように、とりあえず少しでもいい高校、いい大学に入ってくれたらとだけ考える親が少なくないというのが現実です。
もちろん、ここでいう「いい高校、いい大学」というのは、単なる入学時の偏差値が高いとか、名のとおった有名校であるとかいうことがほとんどで、
教育の本筋に照らして本当に「いい学校」であるかどうかは疑問です。
自分で生きる道を決める最初の機会
ところが、脅しでも冗談でもなく本気で「就職したい」といい出すこともあります。
わたしの甥の英二も、親の期待に反して、就職を主張した生徒の一人です。
親がいくら説得しても、どうしても就職するといい張って譲りません。
わたしが、「では、どんな仕事に就きたいのか」と聞くと、車が好きだから自動車整備工になりたいというのです。
そこで、わたしの友人の経営する整備工場に連れていったところ、整備士の国家試験は、高校を卒業していないとたいへん不利だという話を聞かされ、高校進学に変わりました。
そして高校から大学へと進み、いまでは、車とはおよそ緑のない図書館勤務のかたわら、めぐまれない子どもたちのためのボランティア活動に生きがいをみいだしています。
中学三年ぐらいの年齢は、好きだというだけで、能力も適性も考えずに将来の職業を考える傾向があります。
それでも、「みんなが進学するのに就職なんてカッコわるい」などと考える子どもより、はるかに主体性があるわけですから、子どもの考えも開かずに親の希望を押しつけるようなことは、つつしまなくてはなりません。
中学生という年代は、精神的自立の時期だとまえに述べましたが、進路の選択という課題は、自分の生きる道を自分で決定するというまさに精神的自立を具体的に迫られる最初の機会であるわけです。
親の願いで子どもに進学させるようなことは、子どもを甘えと依存の関係に封じ込めてしまい、大切な自立の機会を奪ってしまうことになります。
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