思春期の子供には、適度な体力づくりを
成長期にある中学生にとって運動が大切だということは頭ではわかっていても、
つい高校受験のことが気になって、スポーツよりは勉強というように考えてしまう親が少なくありません。
尚人の母親もその一人です。
尚人は小学校時代からスポーツ万能で、地区の小学校連合運動会では、リレーと幅跳びで入賞した経験もあり、町会の少年野球チームのエースでした。
勉強の成績もよく、小学校では児童会の役員をしていました。
中学に入った尚人は、勉強と両立させる、と両親と約束して、陸上競技部に入りました。
都大会でも入賞者を何人も出している伝統のある部です。
練習のきびしさでも定評があり、家に帰ってくるのは毎日七時過ぎ。
夕飯を食べて風呂に入ると、宿題もそこそこに寝てしまいます。
日曜日も先輩の試合の応援だといってはかり出されて、落ち着いて勉強する時間もあまりありません。
二学期末には、小学校時代に比べて成績が極端に下がりました。
驚いた母親は、父親に話して尚人の部活動をやめさせてしまいました。
そして、それまでの遅れをとり戻すために、夏休みから進学塾に通わせたのです。
スポーツの大好きだった尚人にとって、部活動をやめさせられたことはたいへんショックでした。
しかし根が明るい子どもですから、すぐ頭を切り替えて猛烈に勉強に打ち込み、二年生の一学期に学年でトップクラスの成績になりました。
尚人がからだの変調を訴えだしたのはそのころからです。
気分が悪いといってはよく保健室に行くようになり、二学期の始業式には貧血を起こしてしゃがみ込んでしまいました。
その原因が運動をやめてしまったことにあると断定することはできませんが、なんらかのかたちで影響をおよぼしていると考えても間違いないでしょう。
とはいっても、尚人からスポーツを奪った両親だけを責めるわけにはいきません。
今日の中学や高校の部活動の多くが、子どものスポーツ要求を満たし、スポーツを通して健康なからだと豊かな人格をつくるというようになっていないところにも問題があります。
大会に優勝するということだけに目を奪われ、一部のスポーツエリートを養成するための活動になって、練習量さえ多ければいいという科学性を欠いた根性主義が横行しています。
毎日の生活を通じて体力づくりを
ところで、何でも運動さえしていれば無条件にからだを健康にするとはいえません。
成長期にある中学生に過度の運動を強いることは、逆に健康をそこなう結果にもなります。
半面、体育の授業中や校内マラソン大会で死亡するというような事故がときおり新聞などで報道されますが、これは決して激しすぎたとか、長時間だからという理由ではなさそうです。
少し古い話になりますが、一九七八年一月、鹿児島県のある中学校で、体育の授業中、サッカーの練習試合をしていた三年生の男子生徒が、パスされたボールを受けて相手方のゴールポストに向けて走り出したとたんに、倒れて死亡しました。
新聞は、校医の話として、受験勉強で疲れていたうえに、高台の校庭で寒風に当たったために急性心不全を起こしたらしいと報じています。
運動習慣がないと、それほど激しい運動でなくても、このような事故につながる心配があるのです。
同じような授業中の死亡事故が一九九〇年一月にも起きています。
亡くなったのは兵庫県西宮市にある関西学院中学部の三年生(男子)です。
試合形式でおこなっていたサッカーの練習中、突然倒れてけいれんを起こし、心臓まひで死亡したものです。
学校側の話によると、この生徒は学内でおこなう健康診断で不整脈が見られ、再検査を受けていましたが、日常生活に支障はないということで、水泳部員として活動を続けていたほか、毎日全生徒でおこなうマラソンにも参加していたといいます。
ただ、この日は、宿題をかたずけるために午前四時ごろまで起きていたらしく、睡眠不足気味だったようで、ここにも過度な学習の問題がからんでいます。
いずれにしても子どもの体力づくりは、子どもの発達段階や個々の子どもの体力や健康状態に見合ったかたちでおこなわれなければなりません。
そして、スポーツもさることながら、毎日の生活のなかで、何か仕事を与えたり、安易に乗り物に乗せずに歩かせたりする、
こうしたことを通じて自然につく体力が、体力づくりの根本だということも忘れてはならないでしょう。
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