子供が盗みや嘘をついた時、親としてまずすべきことは?
うそと盗みほど、親にとってショッキングなできごとはないかもしれません。
躍起になって「やっていいこと」と「わるいこと」のけじめを教えようとするでしょう。
ところが、肝心の「善悪の区別」というのが、意外とややこしく、かなりあいまいなことに気づくはずです。
うそひとつとっても、絶対についてはいけないものだとはきめつけられそうもありません。
ほんとうのことを話すと、無用に人を傷つけることもあるし、友だちをかばうためにつかねばならぬうそもあるはずです。
幼い子がなにか失敗をしてとがめられたとき、その理由をきちんと説明することはむつかしい。
自分はいくらわるくないと思っていても、親を説得できるほどきちんと話すことは無理です。
思わず、「ネコがやった」とその場逃れをしたくもなるでしょう。
また、どうしても親が認めてくれない秘密をもったときも、それをとりあげられないためには、欺き隠すほかないでしょう。
このばあいのうそは、幼い心の中に、親のいいなりにならない自分だけのものが芽生えた成長のあかしといえます。
いずれにしても、道徳的に偽りだけを責めたところで、子どもの気持ちにとどきようはありません。
こうしたときには、だました相手だけでなく、うそをいった自分に対しても痛みを感じているはずですから、
むしろそのまま受け取っておいたほうがいいと思います。
子どものいいぶんを聞いてみよう
ことの真実を確かめるばあいは、子どものいいぶんを十分きいてやる姿勢が必要。
しつこく追いつめるだけでは、うそを重ねさせ、その痛みすらまひさせてしまうかもしれません。
盗みは、それ自体より、それをすることによって、子どもが世の中をどう考え、どのように生きかたを選んでゆくかが大切な問題になってきます。
親の完全な保護のもとにあった幼児が、自分の意志と才覚で危険を冒すようになったとすれば、それはたいへんな成長といえます。
それどころか、物品には所有があること、お金との取引があることを知り、なおそれを犯すのですから、この社会への挑戦でさえあるでしょう。
そうした行為に、裁きとか懲罰はなじみません。
「なんてことを」ときめつけるよりも、まずほほえましく子どものいいぶんをきくべきだと思います。
そのうえでやはり相手にすまないとなれば、親子して謝りにいくべきでしょう。
でも「わるい子」扱いしたり、余罪を追及するのは心ないこと。
子は信じられることで、悪事さえ成長のばねにするはずです。
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