子供が育つ教育とは
ある小学校の先生が、
「○○幼稚園出身の子は三、四年生ごろからあまり伸びなくなってしまうけど、△△幼稚園出身の子は五、六年頃から伸びてくるから楽しみだ」
と言うのです。
出身幼稚園によって子どもの成長に差があるというのはなかなか興味ある話なので詳しくたずねると、次のように話してくれました。
「○○幼稚園は字や数についての勉強を教えているので、小学校入学後にはちょっとした作文まで書きこなすことができます。
音楽教育も盛んでハーモニカも吹けますから、一年の音楽は簡単だと言うんです。
それに対して△△幼稚園ではよく遊んでくるらしくて、一年生に入っても少々お行儀が悪いくらいやんちゃな子が多いんです。
字もちゃんと書けないし、ハーモニカも吹けない子がほとんどです。
ところが○○幼稚園の子はまだ字や数に関心を持つ前や、鉛筆をしっかり握ることができない段階でもさせられるものだから、学校に入ってからちょっとしらけちゃうのかあまり伸びないのです。
どうもお勉強はつまらなくてたいへんなものという思い込みがあるみたいなのです。
ところが△△幼稚園の子は字や数を憶えるのに興味がわくらしく、楽しそうにやるのです。
ハーモニカだって手も大きくなってますし、息のコントロールも幼稚園の頃より上手ですから、苦痛が少なくできますから、早く上手になりますし、音楽そのものを楽しめるのかもしれません」
最近は、早い時期に子どもにさまざまなチャンスを与えて、その能力を発揮させることに熱心になりました。
それも子どもの可能性を伸ばすひとつの方法で、もって生まれた才能が花開くこともあります。
しかし多くは彼らがこれから与えられようとする課題を十分やりこなす下地ができあがっているかを考える必要があるのです。
かつてゲゼルという学者は、遺伝的には同じ形態を持つ一卵性双生児(仮にC君とD君としておきましょう)に階段のぼりの実験を行いました。
C君には生後四六週から階段をのぼる練習を開始しました。
まだ一歳になっていませんから、そろそろ歩き始めるかなというおぼつかない時期にさらに難しい階段をのぼることになったわけです。
それから六週後(生後五二週)、C君は二六秒でのぼれるようになりました。
D君のほうはもう歩けるようになった五二週から階段のぼりの練習をさせました。
そうするとわずか二週間で、しかも一〇秒でのぼれるようになってしまったのです。
C君のほうはというと二六秒からほとんど速くなりませんでした。
歩けるようになってから練習したほうが結果的には速くのぼれるようになってしまったのです。
この結果は子どもにとって子どもの身体や心の準備が整わない状態で訓練をしても、子どもに負担をかけるだけで能力を伸ばすことにはならないことがあるのだということを示しています。
子どもがその訓練を受け入れるまでに成熟したときにこそ最もよい効果が得られるのでした。
早くから鍛えれば鍛えるほどうまくいくという強い思い込みは根強いものがあります。
早期教育として早々と読み書きを教えたりすることがありますが、ときとして階段のぼりの練習と同じことが起きたりします。
よく考えてみるとどんなに早くから教えたからといって、おとなになったとき誰よりも早く階段をのぼれるようになるかというと、それほどの差があるものでもありませんし、
たとえ差があったとしてもそれは体格と体力の差程度のもののはずです。
小さいとき誰よりも早くことばを言えるようになったとか、
書けるようになったとかということがおとなになったときたくさん漢字を知っているとか、
誰よりも早口に話せるとかに直接結び付くものでないことは皆の知るところです。
大切なことは子どもが知りたいと思ったときそれに答えてやれる環境と、そうした気持ちを積極的に育てていくということなのです。
最近は子どもの発達を待つだけでなく、子どもの準備が整うように育てていこうという試みがなされるようになってきています。
いきなり小さな手でピアノの練習曲を弾かせるより、音が出ることや音を出すことを楽しませてやることが、結局は将来の上達につながるということに気づいたからです。
人間は楽しんだ経験がなければ何も続かないものなのです。
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