保育園に預ける
常勤にしろ、パートにしろ、あるいはフリーにしろ、両親がともにまとまった時間を外で働くばあいは、子どもをどこかに預けなければなりません。
それが保育園なら、それまでの親と子の関係は新たな段階に入ってくることになります。
仕事に向かわなければならないおとなと、園で過ごすことになる子どもは、もはや「親子」という縦のつながりをこえて、ひとつの共同生活者になっているはず。
「かわいそう」ではなく、「お互いにしっかりやろうよ」といった感じで対すれば、相手だってけっこう頼もしく応じるはずです。
親子の関係がそういうものになっていれば、預けることによって愛情に飢えるといったこともないのでは。
もし子どもの心に危機をもたらすことがあるとすれば、それは親の都合だけで子どもを預け、その人格への配慮が抜け落ちているからにちがいありません。
園とのかかわりにおいても、同様の事情が大いに考えられなければなりません。
親は預けるだけ、園は預かるだけでは、子どもはまるで品物のよう。
子どもは、その冷たいはざまで心を痛めてしまいそうです。
前夜の病気を伏せて登園させたり、保育中のけがを内証にして帰したりしたために起きた事故は、それが防ぎうるものだけにやりきれません。
この点で、たがいがなんでもいえる関係になることが不可欠だと思います。
とりわけ病気のときなどは、もし「休ませる基準」に不服や意見があれば申し出て、保母さんとともに検討し直していいこと。
がんばって意見をいう勇気をもってほしいと思います。
親同士が、新米も先輩もいっしょになってグループをつくれば、心強いし、なにかのときの助けにもなるかと思います。
どうしても休まなければならない病気や、保母さんたちのストのときなど、夫婦だけでなく仲間とのあいだでやりくりできれば、犠牲は少なくできるのでは。
育児の理念とか、食事や衣服など、こまかい世話のしかたで食い違いがあっても、それ自体はまあ大したことにならないでしょうが、
その間に、批判やそれを聞く耳を欠いた場合には、ひとりよがりが高じて、子どもをつらい目に追い込まないともかぎりません。
要領のよい、あるいはお金だけの「お願いします」では、自分の労働への問いかけはないし、わが子への責任を果たしえないことになるでしょう。
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